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因幡の白兎、神となり社に鎮座するまでの物語 4 白兎神、オオモノヌシノカミのもとで大いなる異変を知る話
オオモノヌシノカミが、身を乗り出されました。
「どの子も、同じような理由で死んでいるんだよ。一つ例を挙げると、ヤマトトトヒモモソヒメの所に通っていたんだけれど、せっかく仲良くやっているのに誰に智恵をつけられたのか、『あなたの本当の姿が見たい』と言い出したんだ。僕が『見ない方がいいから。絶対、驚くから』って懸命に止めたのに、『いいえ、驚かないから、見せて』『愛しているなら、見せられるはずよ』『見せてくれないってことは、もうあたしを愛していないのね、ひどい』とか、さんざん責められてね。だから仕方なく本体を見せたんだよ」
わたくしは首をかしげました。
「それでは、オオモノヌシノカミは今のお姿が本来のものではないのですか?」
「そう。僕の本当の姿は人間の形じゃないんだ。だから怖がらせないようにと思って、人間のかわい子ちゃんのところへ通うときは、この姿に変化していたんだ。オオクニヌシノミコトを手伝う時も元のままじゃちょっとって思ってこの姿だったし、今日も知らないウサギ神が来たのでこの姿に化けたんだ」
「さようでございましたか」
いったい、どんなお姿なんでしょう?
お尋ねする前に、オオモノヌシノカミは話を続けられました。
「それで別れる別れないってところまでいってしまったんで、やむを得ず『それじゃ、朝、その櫛を入れてある箱を見てご覧。ただし、びっくりしないように』って言って、朝、小さいできるだけ小綺麗な可愛い姿になって入っていたんだけど、ヒメは僕の本当の姿……超小型だったんだけどね……を見て仰天して、それが原因で怪我して死んじゃったんだよ。あのさあ、これって僕だけが悪い? 僕、止めたよ。やめろって言ったよ。そして、できるだけ可愛くして見せたんだよ。それなのに『うぎゃ〜!』って叫んで怪我して死んじゃったって……僕のせい?」
「……難しいですね。確かにおっしゃるとおり、これは全ての責任がオオモノヌシノカミだけにあるとは……。いえ、わたくしごときウサギが、あれこれ言うことではございませんが…」
控えめに自分のつたない考えを申し上げたところ、オオモノヌシノカミはパッと顔を明るくされました。
「だよね〜。そりゃあ、僕にも悪い点はあったと思うよ、正体隠してつきあったんだし。だけど大切にしたし、その家にも幸運を運んだし、少なくともつきあった子やその家族には何一つ悪いことは起こさなかったんだよ。それなのに、死んで根の堅州国へ行って一方的に僕が悪いってスサノオノミコトに訴えるのは、どうかと思うんだよね。他の子達もみんな同じように、しつっこく『正体を見せろ』とか、僕の着物の裾に麻糸をつけて辿ってきて、〝三輪山の神〟だって知って仰天して、その揚げ句に死んじゃったり……ふう〜」
あらら、ちょっと話の流れが怪しくなっていませんか?
「それ、何人にも同じことを?」
「うん」
普通、学習しませんか?
「最初の例で死なせてしまったのでしたら、次からは女性のところへ通うのをやめようとか、お考えにならなかったのですか?」
「やだよ」
オオモノヌシノカミは、あっさり拒否なさいました。
「だってさ、可愛い子と仲良くしたいのって、男なら当然だろう? 最初はそれほど女の子に関心なかったんだけれど、オオクニヌシノミコト(大国主命)を見ていて『うわ〜、女の子とつきあうのって楽しい』って気づいたんだよね。だから、実践しているのさ」
わたくし、大きく首を傾げてしまいました。
「あの〜、なぜそこでオオクニヌシノミコトが出てくるのですか? あなたの女遊びと、どう関係するのですか?」
「僕の恋の師匠だもの。僕がかわい子ちゃんに言い寄るようになったのって、オオクニヌシノミコトがお手本だからね」
「ええ〜!」
大声を上げてしまいましたよ。
あのおっかない、いえ厳しいスセリビメを正妻としているお方が、まさか……。
仰天しているわたくしを、オオモノヌシノカミは不思議そうにご覧になっておいでです。
「あれ、知らないの? オオクニヌシノミコトって、ほけーっとしているように見えて、けっこう遣り手だよ。あのスセリビメを出し抜いて、いったい何人の女の子を落としたか……僕でさえ、全部はわからないくらいだからね。妻にしたのは六人だったかな? いや、もっといるな。子供だって、えっと……そうそう百八十人じゃなかったかな〜。ひょっとしたら、まだいるかもしれないね」
そんな……。
おっとりと笑っておられたあのお方が、そんなにあちこちで……。
スセリビメが怒るのも当たり前では?
何度も深呼吸してから、わたくしは恐る恐る尋ねました。
「出雲で、ヤエコトシロヌシノカミとタケミナカタノカミにお会いしましたが、あのお二人はスセリビメのお子さんですよね?」
オオモノヌシノカミは首を横に振られました。
「いいや、違う妻が産んだ子だ。スセリビメって変わっているんだ。相手の女にはすさまじく嫉妬するけれど、その女が産んだ子供はまめに面倒見るんだよ。そのせいか、生みの母親よりもスセリビメを慕っている子は多い」
出雲でお会いしたお子さん方を思い出して、納得いたしました。
そういう事情から考えますと、スセリビメって、実は女好きの夫と大勢の妻が産んだ子供を抱えて、たいへんな苦労をしているんじゃないですか?
ついつい考え込んでしまいました。
わたくしが黙ってしまったためか、オオモノヌシノカミがあわてておられます。
「あ、あ、知らなかったんだね? あちゃ〜、こんなこと教えちゃって……オオクニヌシノミコトを見る目、変わったかな?」
余計なことを言ったかと動揺しておられるオオモノヌシノカミに、わたくしは強ばった笑顔を向けました。
「い、いいえ、たとえ何がありましょうとも、オオクニヌシノミコトは大恩人でございます」
「そう、よかったよ。変な事吹き込んで、シロナガミミノミコトがオオクニヌシノミコトを軽蔑するようになったら、僕、恨まれるだろうし。オオクニヌシノミコトとスサノオノミコトは敵に回したくないんだ」
ほっとしつつも文に目をおやりになり、またがくりと肩を落としておいでです。
わたくしもスサノオノミコトのお怒りを思い出して、そっと忠告しました。
「しばらく、身を慎まれますように」
「……そうだね」
ほうと息をつくオオモノヌシノカミを見つつも、心の中では『本当に怖いのはスサノオノミコトよりもイザナミノミコトですよ』とつぶやきました。
もちろん口に出したりいたしません。
わたくしごときウサギが、そんなだいそれたことを……とんでもございません、はい。
話題が途切れたので、さっき聞きそびれたことを口にしました。
「すみませんが、大事なことをうかがっていませんでした」
「うん? 何を?」
顔を上げられたオオモノヌシノカミに、わたくしは素朴な疑問をぶつけました。
「あなたの本体って、何なんですか?」
「ああ、それね」
オオモノヌシノカミは、にっこりされました。
「蛇だよ。大蛇」
「おや、それでは大きいのですか? 八岐大蛇くらい?」
「まさか」
オオモノヌシノカミが声を上げてお笑いになります。
そうですよね、あんなに大きいのはめったにおりませんよね。
安心していると、オオモノヌシノカミが笑いながらおっしゃいました。
「あんなに小さくないよ。この三輪山全体が、僕の身体だからね」
わたくしの笑いが凍りました。
「身体って……まさか、今、わたくしが座っているのは、あなたの背中……とか?」
「ううん、頭の上」
ようやく最初にお会いしたときに恐怖を感じた理由がわかりました。
この方、山一つ分ある大蛇ですよ。
ウサギ神など一口でぺろりですよ。
そうです、あれは本能的な恐れだったのです。
ウサギ鍋どころか、丸ごとパクリ。
キャー!
いやです~!
逃げの体勢になったわたくしに、オオモノヌシノカミは急いでおっしゃいました。
「怖がらなくてもいいから。食べたりしないよ」
「……本当に?」
震えながら必死に聞き返しました。
オオモノヌシノカミが懸命になだめてこられます。
「本当だから落ち着いて。第一君を呑み込んだりしたら、オオクニヌシノミコトだけじゃない、スサノオノミコトのお怒りも買うことになる。そんな危ないこと、できるわけないだろう?」
「オオクニヌシノミコトはともかく、どうしてスサノオノミコトが加わるんですか?」
疑い深く尋ねますと、オオモノヌシノカミは苦笑いなさいました。
「文の最後に書いてあったよ。『これを持って行ったウサギ神を歓迎して、丁重にもてなすように』って。君、ずいぶんスサノオノミコトに気に入られたみたいだね」
全身の神経を集中しましたが、どうやらこの蛇神様はわたくしを丸呑みする気はないとわかり、ようやく落ち着きを取り戻して座り直しました。
「失礼いたしました」
「いやいや、ウサギさんの本能だからね」
すっと目を細めてわたくしの剣と鉢巻きをご覧になっておられます。
(オオクニヌシノミコトはわかるけど、スサノオノミコトまでこんなすごいものをポンとくれたんだから、相当気に入られたんだよね)
オオモノヌシノカミが感心したようにおっしゃいました。
「オオクニヌシノミコトがそのウサギにぴったりの剣を、スサノオノミコトが鉢巻きを巻いてくれたんだろう? 君、人気者だね」
複雑な気分でございます。
梨や桃を切って皮をむくための剣と、気合いを入れるために巻いてくださった鉢巻き……。
うーむ……。
いえいえ、立派な大神様方がくださったのです。
ご厚意以外の何ものでもございません。
「お会いした大神様達が、とてもお優しい方々だったからです。わたくしごときウサギに、ありがたいことです」
心からそう申し上げたところ、オオモノヌシノカミは苦笑いされました。
「いいよね〜、ウサギ神って。どこでも可愛がられて、女の子にだって『ウサギさん? 可愛い〜』とか言われて、もてるんだろうな。僕なんか、できるだけ小さな可愛い白蛇になって箱に入っていても、『ぐぎゃ〜』とか『どわ〜』とか言われちゃうんだから……はあ〜」
ため息をつかれるオオモノヌシノカミを見つつ、〝懲りない方だな〜〟と思ったものの、お慰めするつもりで言いました。
「でもウサギの場合は、『可愛い〜』と頭をなでられ食べ物をもらって、それで終わりですから。その先は、ありませんから」
「そう言われてみれば、そうだな。あまり恋愛には結びつかないか。愛玩用だし……」
食用と言われなかったのが、幸いでございました。
なぜか、わたくし、縁結びを生業にしていながら、自分では昔も今も、恋愛ごとにはトンと疎いのでございます。
それゆえに恋の修羅場を経験することもなく、穏やかに清浄に縁結びができるのだというのが、ヤカミヒメはじめ他の神々のご見解ですが……失礼、話が先走りすぎましたね。
戻しましょう。
「それでは、そろそろ因幡へ帰ろうかと存じます。失礼いたします」
おいとまをと思ったのですが、オオモノヌシノカミが興味津々のご様子で身を乗り出されます。
「帰る前に聞かせてよ。オオクニヌシノミコトとスサノオノミコトは、〝神の心得〟をどう教えてくれたの?」
「オオクニヌシノミコトは『なるようになる』、スサノオノミコトは『気合いだ』とおっしゃいました」
「それが、〝神の心得〟?」
「はい、さようでございます」
はきはきとお答えしました。
心の中では『ですよね〜。これが心得って、ちょっとね〜』とつぶやきましたが、もちろんそんなだいそれたことは口にできません。
はあ〜と大きく息を吐き出され、オオモノヌシノカミはげっそりした表情になられました。
「何というか……まあ、どちらも立派な方なんだけど……いや、わかるよ、決してシロナガミミノミコトをウサギさんだからってバカにしているとか、そういうわけじゃないってことぐらいわかるよ。だけど、それってあんまり……むう~……」
(スサノオノミコトはそのままズバリだろうけど、オオクニヌシノミコト~、それじゃあ肝心の真意が全然伝わらないよ~。ええっと、もう少しわかりやすくしてあげるにはっと……)
唸った後、黙ってしまわれ、考え込んでおられるご様子です。
わたくしも無言でちんまりと座っておりました。
ややあって、オオモノヌシノカミは右手を上げられました。
すると、その手に一冊の冊子本が現れたのです。
もちろんこの時代には人間達はまだ作っておりませんが、神々の世界ではごく普通に流通していました。
オオモノヌシノカミが、その本を差し出されます。
「オオクニヌシノミコトが剣、スサノオノミコトが鉢巻きをくださったのだから、僕はこれをあげよう。僕が自分で暇を見て編集したんだけどね。これから先の時代に人間の世界で諺や故事成語となるものを先取りしてまとめたものだ。短い文章の中に、様々な人生の機微が書かれている。君が〝神の心得〟を学ぶ役に立つだろう。持ってお行き」
びっくり仰天しましたよ。
「ウサギごときに、そのような大切な御本を?」
「君は良い神だよ。だから、オオクニヌシノミコトもスサノオノミコトも応援してくださっているんだ。僕も同じ気持ちだ。しっかり学んで、立派なウサギ神として成長しておくれ」
「あ、ありがとうございます」
感激のあまり、ふるえる手で本を受け取りました。
表紙には『一日一訓 御教訓集 オオモノヌシノカミ 著』と書かれてあります。
目頭が熱くなり、うれし涙がこぼれそうな思いで、押し頂いてから大切に開きました。
そして最初の御教訓を見て……。
え?
わたくしは顔を上げて、得意そうなオオモノヌシノカミにお尋ねしました。
「あの〜、〝犬も歩けば棒に当たる〟というのが〝神の心得〟なのでしょうか?」
「あ、それね。犬だって外に出て歩けば棒に当たるんだから、でしゃばるなっていう意味。さらに時代が下ると、出て歩くといいこともあるよっていう意味になるんだ」
「あまり犬とはつきあいがないのですが、こんな間抜けな犬っているんでしょうか? 見たことも聞いたこともないんですが……」
するとオオモノヌシノカミは天井を見上げられてから、わたくしの方を困ったようにご覧になりました。
「僕も知らないな、そんなアホな犬」
「……ですよね」
「うんうん」
オオモノヌシノカミは、わたくしが手にしている『一日一訓 御教訓集』を、とっくりとご覧になりました。
しばらく部屋の中は静まりかえっておりましたが、やがて笑顔でおっしゃいました。
「ま、いっか。とにかく後世になれば、その諺も有名になるんだ。その時は、きっとそういう棒にぶつかる犬が増えるんだよ。それ、未来を先取りしているから今はまだ当てはまらないこともあるだろうけれど、智恵の宝庫だからね。読んでおけば後々役に立つって」
「そ、そうですよね」
オオクニヌシノミコトと共に国造りをなさった偉い大神様です。
おっしゃることに間違いはありますまい……たぶん……。
「素晴らしい御本をありがとうございます。毎日、読ませていただきます」
わたくしは空になったスセリビメのお弁当袋に本を入れ、しっかり包みました。
「さてと、それじゃあ、帰る前に何かご馳走しよう」
「どうぞ、お気遣いなく」
「遠慮しなくていいよ。ウサギさんの好きそうなものを用意させるよ」
その時、部屋の入り口が開き不気味な音と共に何かが入り込んできました。
「ひえ〜!」
全力で飛び退いてしまいました。
入ってきたのは緑色の大蛇です。
もちろん山ほどの大きさはありませんが、それでもウサギ一羽など丸呑みにされる大きさ!
ひょっとして、わたくしが蛇さん達のご馳走に?
やっぱり食用として見ておられたのですか?
嫌です!
脅えて動けないわたくしの前で、オオモノヌシノカミの目が見開かれ爛々と光り、飛び込んできた大蛇を怒鳴られました。
「場をわきまえよ! 客神の前ぞ!」
「申し訳ございません、緊急事態でございましたゆえ……」
緑色の大蛇はみるみるうちに初老の男の姿になり、畏まってお辞儀をしています。
オオモノヌシノカミは、さっきの優しげなお顔をわたくしに向けました。
「驚かせてすまなかったね。これは僕が使っている遣いを勤める蛇なんだ。怖がらなくていいよ」
男の姿になった緑の大蛇も、わたくしに深々と頭を下げました。
「お客様の前で見苦しい姿をお見せして、たいへん失礼いたしました。ご無礼の段、お許しくださいませ」
「い、いいえ、ちょっと、びっくりしただけですから……」
心臓が口から飛び出しそうなほど驚きましたが、必死に息を整えて、安心させるように無理矢理にっこりとしました。
わたくしの臆病さゆえに、この緑色の蛇さんがお叱りを受けてはお気の毒ですし。
オオモノヌシノカミが、不機嫌な口調で遣いの蛇にお尋ねになりました。
「いったい何事だ?」
「たいへんな事態になりました。オオクニヌシノミコトが中つ国の支配権をお譲りになり、引退されました」
「なんだと!」
「まさか!」
オオモノヌシノカミとわたくしは同時に立ち上がり、遣いの蛇に駆け寄りました。
オオモノヌシノカミが遣いの蛇に詰め寄られました。
「オオクニヌシノミコトは誰に支配権を譲られたのだ? そんな話は、聞いていないぞ」
「あまりにも急なことですので、詳しいことはわかりません。ただ相手は高天原の支配者、アマテラスオオミカミ(天照大御神)の御孫さんだそうでございます」
「この中つ国へ降りたなどと聞いたこともないが……」
「まだおいでになっていません。お遣いの神々がおいでになられオオクニヌシノミコトと交渉し、戦うことなく平和に国譲りが成り立ったとか。後ほど天から降臨が行われるはずです」
わたくしは、あわてて口を挟みました。
「オオクニヌシノミコトはどうなさったのですか? スセリビメは?」
「お二方とも出雲に立派な宮殿を作ってもらい、引退されました」
遣いの蛇の話に少し安堵したものの、それでも驚きと不安は消えません。
「オオモノヌシノカミ、わたくしは出雲へ参ります。直接オオクニヌシノミコトにお会いして詳細をうかがい、ご無事を確認したいと存じます」
「そうしてくれるかい? 一緒に行きたいが、こうも急な国譲りとなると治安が悪化しかねない。僕はここで中つ国の様子を見守ろう」
「はい。それでは、オオクニヌシノミコトにそのようにお伝えいたします。失礼します」
わたくしが立ち上がると同時に、オオモノヌシノカミも立ち上がられました。
「近道を教えよう。こっちへおいで」
オオモノヌシノカミに続いてさっきの鳥居を潜り山裾へ出ましたが、辺りの風景が少し違います。
「あれ? ここでしたっけ?」
きょろきょろしてしまいました。
すると、オオモノヌシノカミが微笑まれます。
「君が来たのは三輪山の表側だ。ここは裏側だよ。〝神の道〟には実は裏道もあるんだ。見てごらん、山が無くてどこまでも平らな野原が続いているだろう? 人間界の聖域とも切り離され、直接目的地へと続いている近道なんだ。ここをまっすぐお行き。方向は考えなくていい。自動的に行きたい場所、出雲へと最短で続くから」
「そんな道があったのですか。神とはいろいろと便利ですね」
三輪山の大神様が優しく付け加えられました。
「空間だけではない、時間の流れも違うよ。シロナガミミノミコト、君は因幡を出てまだ数日しか経っていないと、思っていないかい?」
「……違うのでしょうか?」
「人間の感覚ならばすでに何十年も経過している。特に君は根の堅州国へも行ったからね。あそこはさらに時間の流れが違うんだ」
「ええ〜! それじゃ、あの、ヤカミヒメをずっとお待たせして……会いたいと思っていた文遣いの雉さんやワニザメさんや赤猪さんは、もういないのですか?」
おたおたしているわたくしの肩に、優しく手が置かれました。
「心配いらないよ。ヤカミヒメも神だからね。君と同じような時間の感覚だから、たいして待ったようにも感じていない。それに君が会いたがっている文遣いの雉やワニザメや赤猪も神に近い生き物だから、ちゃんと同じ時間を生きているよ」
ほっとして大きく息を吐き出しました。
よかったです。
「それから、注意しておくことがある」
オオモノヌシノカミの声音が厳しくなられたので、はっとしてお顔を見ました。
「この最短の裏道は一つだけ難点がある。悪質な精霊的な生き物がたむろしているんだ。あちこちに穴があって地面の上を歩いている時は大丈夫だが、うっかり穴に落ちてしまうとムカデや蛇がいる。この蛇は僕が使役する高級な奴じゃなくて、性悪な下等蛇でね。相手が神だろうが躊躇せずに襲ってくる。しかも質の悪い毒を持っているから、神といえども無事ではすまない。ムカデも食い殺しにくるような奴らだ。根の堅州国でオオクニヌシノミコトが放り込まれた部屋にいた連中と同じだと思えばいいかな」
「危険すぎますよ、それ! わたくしのようなウサギなど、イチコロではありませんか?」
声がうわずってしまいました。
オオモノヌシノカミが、困ったようにおっしゃいます。
「確かにそうだな。気をつけて穴に落ちないようにすればいいんだが、草が茂っていて見えにくい場所もあるからね。うーん、それじゃ、安全な道を行った方がいいかな? 時間はかかるけれど……」
それを聞いて、臆病心が吹っ飛びました。
「今は一刻も早くオオクニヌシノミコトのもとへ急がねばなりません。穴に気をつければいいのですよね?」
「そうだけど……」
不安になられたのかオオモノヌシノカミのお答えが歯切れの悪いものになりましたので、安心させるように明るく言いました。
「お土産までいただいて、ありがとうございます。充分、気をつけて参ります」
「無理をするんじゃないよ。危ないと思ったら、普通の神の道へ出ようと考えるんだ。そうすれば戻れるから。落ちないように気をつけて、万一穴に落ちたら、すぐに草の根や蔓に掴まってお上がり。元気でね、シロナガミミノミコト」
「はい。オオモノヌシノカミもお元気で」
お別れを申し上げて、まっすぐに野原へ向かいました。
歩きやすく気持ちがいいです。
振り返ると、まだ少ししか歩いていないのに三輪山が遠くに小さく見えます。
「こんなに早く進めるなんて、さすがは裏道。よし、出雲へ急ごう」
足を速めたとたん、地面ではなく宙を踏みました。
「あら? ああ〜、落ちた〜!」
思わず叫んでしまいました。
そのままストーンと落ちていき、すぐに着地いたしました。
見上げると、ぽっかり開いた穴の上でお空が遠くに見えます。
「すぐ上がらなきゃ」
穴は思いの外広くて、草や蔓が近くにはありません。
とりあえず岩肌に近づこうとしましたが、カサカサという音がしたので目をこらしました。
それまで地面だと思っていたものが、動いているではありませんか。
「ムカデだ!」
わたくしは悲鳴を上げて逃げようとしましたが、すでに遠巻きに取り囲まれています。
岩肌に近づきたくても、ムカデがいるので動けません。
しかもこのムカデ、通常のものよりも倍以上大きいですよ。
「ど、ど、ど、どうしよう」
必死に見回しても、どうすることもできません。
すがるような思いで、腰の梨割剣を抜いて振り回してみました。
しかしムカデはひるむ気配すら見せず、ヒタヒタと近づいてきます。
泣きたい気持ちです。
ムカデに食い殺される恐怖と、オオクニヌシノミコトにお会いできない情けなさで、胸も頭の中もいっぱいになっていました。
もう何が何だかわからなくて、ただただ剣を振り回していると、どこからか太い男の声がしました。
「そんなもの振り回したって、ダメよ」
「だ、誰?」
見回しても、わたくしとムカデ以外は誰もいません。
すると同じ声がまた聞こえました。
「あたしよ、あたし。あなたが頭に巻いているでしょう?」
まさかと思いましたが、念のために尋ねてみました。
「ひょっとして、鉢巻き?」
「そうよ、頭にあたしを巻いているでしょ? 早くはずして三度振りなさい」
頭の中も心の中も混乱していましたが、とにかく右手に剣を持ったまま、左手で鉢巻きをはずして振りました。
すると一瞬でムカデが退いて消えてしまったのです。
「ええ〜、どうして?」
何が何だかわからずおろおろしているわたくしに、手に持った鉢巻きが言いました。
「ほ〜ら、剣を鞘に収めて、あたしを頭に巻いて、すぐに上がりなさいよ。いつまでも、こんなとこにいるんじゃないわよ」
まったく状況が理解できないまま、言われたとおりにして岩肌に近づきました。
頑丈な草の根や蔓がびっしり覆っているので楽に登り、無事に元の野原へ出たのです。
大きく何度も深呼吸をして息が整ってから、おそるおそる尋ねました。
「あの〜……鉢巻きさん?」
「なによ?」
よかった、返事がありました。
「危ないところを助けてくださって、ありがとうございました。わたくしは気合いを入れるためにスサノオノミコトがあなたを巻いてくださったとばかり思っていたのですが、こんなに霊験あらたかな力があったのですね。あなたは、どういう方なのですか? お名前はあるのでしょうか?」
「素直な子は好きよ、シロナガミミノミコト」
さっきよりも親しげに、鉢巻きは答えてくれました。
「名前はないの。だから鉢巻きって呼んでくれてけっこうよ。でもね、あたしは本来鉢巻き用の布じゃなくて領巾なの。ほら、女達が肩から両腕にかけているやつ。それも、ただの領巾じゃないわ。スセリビメがオオクニヌシノミコトに渡して、蛇と蜂とムカデを追い払った領巾が、あたしなの」
「そうなんですか! 蛇用と蜂・ムカデ用は違うのかと思いました」
「ああ、それね。スセリビメが見栄張って、ありがたいお宝がいくつもあるように見せかけて、別々の領巾のようなこと言って男に渡したのよ。どっちも、あたし。ま、オオクニヌシノミコトは同じ領巾だって気づいていたけどね。ついでに言っとくと、虫や蛇だけじゃなくて炎を祓うこともできるわよ。水は駄目。濡れちゃうと力がでないの。剣とか石とか物理攻撃も守備範囲外よ。あたし、か弱い領巾だから、力業で来られると対処できないもの」
もう驚きの連続です。
それでも、頭の片隅に『男の声だけど、話し方は女。この領巾の性別って?』という疑問がわきましたが、それを尋ねるのは本能的に憚られました、はい。
その問いを頭から追い出し、頭に浮かんだもう一つの疑問を口にしました。
「あなたは炎にも効果があるんですよね? それなら、なぜ三日目にオオクニヌシノミコトが野原で焼き殺されそうになったとき、スセリビメはあなたを渡さなかったのですか? 急なことで間に合わなかったとか?」
すると鉢巻きは「フン」と荒い鼻息のような声を出しました。
「スセリビメには、父親のやることなんてお見通しだったわ。室で殺すのに失敗したから、次は野原で火を放つって見当つけてたわよ。だから、あの朝、あたしを手渡すつもりでいたの。それなのにやんなっちゃうわよ〜、あの女、寝過ごしたの。起きたらもう父親と旦那が野原へ行っちゃった後で、外を見たら遠くが火の海になっているのがわかって、泣きながら葬式道具持って出かけて行ったのよ。『あ〜あ、これで中つ国へ行けないわ〜』って、ぐずりながらね。ツメが甘いわ〜。ネズミちゃんのおかげで旦那が生きていたから、お望み通りに生者の国へ駆け落ちできたけど」
知れば知るほど、頭の痛い事実ばかりでございます。
ウサギふぜいが、関わってはいけないことのような気がします。
唐突に鉢巻きが沈んだ口調になりました。
「でもさ、あたしがあんなに一生懸命スセリビメを応援してやったのに、あの女、あたしを置いて行ったのよね」
「どういうことですか?」
「スセリビメがどうしてもオオクニヌシノミコトと一緒に中つ国へ行きたい、何があっても一緒に生者の国で暮らしたい、あたしも連れて行くって言うからさ、手伝ってやったのよ。蛇だの蜂だのムカデだの、あたしにかかれば、どうってことないしね〜。あたし助けてやったのに……応援してやったのに……それなのに、どうして……どうして、あたしを根の堅州国へ置いて行ったのよ! 生太刀、生弓矢、天の沼琴を持って逃げたのに、あたしは置いて行かれたわ! どうして、どうしてよ! 太刀や弓矢や琴が何をしたっていうのよ? な〜んにもスセリビメの手助けなんか、してないじゃない! 手伝ったのは、あたしよ……あたし……なのに……ふふふふ……ふふ……」
乾いた笑いと共に頭の上がズモーンと暗い空気に包まれ重くなりました。
「きっと急いでいて忘れたんですよ。ほら、緊急脱出だったし」
わたくしが励ましても、鉢巻きは底なしに落ち込んでいます。
「……違うわね。あたしが繊細で傷つきやすくて、すぐに落ち込んじゃうから、『うっとおしい』って思ってわざと置いて行ったのよ。スサノオノミコトもそうよ。あたしの性格を知っているから、シロナガミミノミコトの鉢巻きにして厄介払いしたんだわ……ふふ……ふふふ……どうせ、あたしなんて……あたしなんて……」
こちらまで地面にのめりこみそうな重苦しさで、鉢巻きがますます落ち込んでいます。
必死にわたくしは明るい声音を作りました。
「あなたはたいそうな力をお持ちの方ですよ、鉢巻きさん。あのムカデの大群をあっさり追い払ったんですもの。スサノオノミコトはあなたなら未熟なわたくしの旅を助けてくれると見込まれたから、こうして巻いてくださったんです。そうでなければ、あなたを旅に出したりするものですか。きっとスセリビメだって『しまった、忘れてきた!』って後悔していますとも」
「……そうかしら?」
ぽつんと鉢巻きがつぶやきます。
「そうですよ。さあ、行きましょう。出雲へ急がなくちゃ。あなたがいてくれて、本当に嬉しいですよ」
「そう? 本気でそう思っているの、シロナガミミノミコト?」
「はい」
わたくしは、すぐさま出雲へ向かって歩き出しました。
頭が軽くなって元通りになりました。
無言ですが、どうやら鉢巻きが機嫌を直したようです。
何とも強力な魔除けの領巾を鉢巻きとしてくださったものです。
説明がなかったのはなぜなのか気になりますが、とりあえず深く考えないことにしました。
これで蛇や虫や火の災難に遭っても大丈夫。
たいへん心強い味方です。
でも……性格、めんどくさ〜!
その後は穴に落ちることもなく、無事に歩き続けました。
まもなく前方に見たことがある風景が広がってきます。
「出雲に着いた!」
大喜びで走りました。
だんだん見慣れた景色が近づいてきます。
ところがオオクニヌシノミコトのお屋敷があったはずの場所に、見たことのない荘厳な宮殿が建っているではありませんか。
スサノオノミコトの宮殿と同じくらい、いえ、もっと大きく立派です。
「ここは……そうか、これが、オオクニヌシノミコトが国譲りと引き替えにもらった宮殿なんだ」
すぐに理解して中へ入ろうとしましたが、門の前で足を止めました。
「なんだろう、これ?」
両側の門柱に、花で作ったと思われる得体の知れない奇妙な物体が巻き付いているのです。
それも巨大な柱全体を覆うほどの大きさです。
「……きっと隠居したという印……いや、それにしては不気味すぎるし……そっか、魔除けだ」
この立派な宮殿を守るのですから、確かにこれくらい強固で恐ろしい魔除けは必要でしょう。
そうです、必要なのです。
たぶん……ええ、必要なんですよね、きっと。
それはわかるのですが……恐いよ〜。
足がすくんで、どうしても中へ入れません。
「オオクニヌシノミコトにお会いするために来たんだ。中へ入らないと」
必死に自分を叱咤しますが、どうしても足が動きません。
「シロナガミミノミコトでは、ございませんか?」
門の内側から声をかけてきたのは、召使いの中老の男でした。
こちらは覚えていなかったのですが、きっと以前お訪ねしたときにわたくしの姿を見知っていたのでしょう。
「オオクニヌシノミコトが引退されたとうかがい、お訪ねしました。お取り次ぎねがえますか?」
「あなた様がおいでとは、お喜びになられましょう。さあ、こちらです」
魔除けは怖かったのですが、中から察してくれたらしい召使いが手を差し伸べてくれたので、わたくしも前足を伸ばしてその手をつかみ勇気を奮い起こして入りました。
「うわ〜」
一歩入ると素晴らしく美しいところです。
外見も見事ですが、中に散在するお社や別宅、そして中央のお屋敷も、圧倒される立派さです。
案内されて奥へ進む途中では、あちこちに美しい侍女や召使い達がいて、水くみや庭木の手入れをしています。
わたくしが通ると、皆、にっこりとして頭を下げてくれます。
返礼しながらずんずん奥へ進み、とうとう一番素晴らしい建物の中へ入り、豪華なお部屋に通されました。
「オオクニヌシノミコト、シロナガミミノミコトがいらっしゃいました」
召使いの言葉で、お庭を眺めていらっしゃったオオクニヌシノミコトが振り返られました。
「シロナガミミノミコト、お帰り。よく来てくれたね」
すぐさまオオクニヌシノミコトのお側へ行き座ってお辞儀をしました。
「ご無事で何よりでございます。アマテラスオオミカミの御孫さんの神様に中つ国の支配を譲られて御引退されたとうかがい、心配で急いでまいりましたが……お変わりなく、本当にようございました」
「わざわざ見舞いに来てくれたのか。ありがとう」
「ちょうど三輪山でオオモノヌシノカミにお会いしているときに、遣いの蛇さんから聞きました。詳しいことがわからなかったので、お身を案じておりました。オオモノヌシノカミもご一緒にいらっしゃりたいとお考えでしたが、急激な政変ゆえ治安のためにと三輪山で見張っておられます」
「そうか、さすがはオオモノヌシノカミだ。このような大事にも冷静に最善の策をとってくれる。……うん? どうしてシロナガミミノミコトが三輪山へ? 根の堅州国へ行ったのではなかったのか?」
首を傾げられるオオクニヌシノミコトに、わたくしはスサノオノミコトをお訪ねし、因幡へ帰る前に文遣いを頼まれて三輪山へ行ったことをお話ししました。
「なるほど、それで黄泉の国から三輪山へ……はは、ご苦労様。オオモノヌシノカミは本体が本体だから、なかなか恋は難しいのだろう。お気の毒に」
オオクニヌシノミコトがオオモノヌシノカミに同情しておいでですが、わたくしにはどうしてもこのおっとりとされた方が、その道の遣り手だということが信じられませんでした。
「ところで、お土産をもらったと言っていたが、彼は何をくれたの?」
興味がおありのようでしたので、お弁当袋から本を出して、お見せしました。
「これでございます」
オオクニヌシノミコトが目を細めて本をご覧になりました。
そして手に取られ、ぱらりと開かれます。
「ふむふむ、〝早寝早起き腹八分目〟……これも〝神の心得〟なんだろうか?」
わたくしはオオモノヌシノカミの受け売りをいたしました。
「後世には有名になりますから、きっとその時代にはそうなるのでしょう」
「なるほどねえ。さすがはオオモノヌシノカミだ。いいものをもらったね」
「はい、毎日読もうと思います」
オオクニヌシノミコトから本を受け取りまして、またお弁当袋に入れてから、真剣にお尋ねしました。
「わたくしごときウサギがお尋ねするのも図々しいのですが、いったい、どのように国譲りの交渉が行われたのでしょうか?」
どうしても知りたかったのです。
この国は、オオクニヌシノミコトとスクナヒコナノミコト、オオモノヌシノカミが中心となられて造られた国。
それを、いくら高天原の神だからといって『できたなら、よこせ』は、あんまりじゃないでしょうか?
ウサギながら古くからこの地に住む国津神として、むかっとしておりました。
しかし当のオオクニヌシノミコトは、のんびりと笑っておられます。
「いや〜、全然知らなかったんだけど、交渉は今回だけじゃなくて、すでにずいぶん前から始まっていたんだって。聞いてびっくりしたよ」
「すでにって、いつからですか?」
「ずっと前なんだよ。えっと……そうそう、突然『あなたについて行きます』って言って住み着いた若い衆が、実は最初の交渉役だったんだって。アメノホヒノカミ(天菩比神)っていうんだけど、高天原から国譲りの交渉に来て、中つ国を見て感動しちゃって、居着いたんだってさ」
「あらま」
『どういう遣い? 何しに来たの?』と呆れて口を開けてしまいましたが、すぐに口を閉じて、お行儀よく次のお話を待ちました。
オオクニヌシノミコトは、ちょっと困ったように笑われます。
「そして次に来たのが、娘のシタテルヒメ(下照比売)の婿になったアメワカヒコ(天若日子)。突然『お嬢さんと結婚させてください』って来たのが、まさか国譲りの使者だなんてわからないよね」
「はあ……あの、どうして国譲りの交渉が、結婚申し込みになったのですか?」
わたくしの問いに、オオクニヌシノミコトは首を横に振られました。
「さあ〜。本人が生きていれば訊けるけれど、もう黄泉の国へ行っちゃったし」
「亡くなられたのですか? また、ずいぶん早死にを……」
「私が知らないところでややこしいことになっていたらしいんだ。先に来た二人が中つ国へ居着いちゃったんで、次の使者が来たんだって。私は聞いただけなんだけど、これが雉だったんだそうだ。で、アメワカヒコがこの雉を射殺したら、その矢が高天原まで行って、タカミムスビノカミ(高御産巣日神)が投げ返して、それに当たってアメワカヒコ、死んじゃったんだよ。あの時はびっくりしたよ。空から矢が降るなんて、考えてもみたことないから」
はい、わたくしもそんな怖いお天気、存じません。
「アメワカヒコの葬儀の時も、大騒動になったらしいよ。皆で葬式用の家を作って妻やアメワカヒコの父が泣いていたら、弔問にアジシキタカヒコネノカミ(阿遅志貴高日子根神)っていうアメワカヒコそっくりの神様が来たんだって。そしたら、妻や父親が『夫が、息子が死んでなかった!』って抱きついたんで、その神が『親友だから弔問に来たのに死人と一緒にするな!』って怒って、葬式会場を剣で斬って蹴飛ばして、ぷんぷんしながら帰ったんだとさ。私も後で聞いて、びっくりしたんだけどね」
「それはまた、ずいぶん荒々しい神様でいらっしゃいますね」
「本当にね。あんな葬式は後にも先にもないだろうよ。とにかく国譲りの交渉初めは、びっくりの連続だったねえ」
はい、その後現在に至るまで、わたくしもそんな激しいお葬式は知りません。
本当にびっくりでございます。
つづく
オオクニヌシノミコトとの会話は続き、仰天するような二つの真実が!
国譲りの真相と鉢巻の意外な出自が判明します。