あらためて自己紹介を
こんにちは、サークル名、白兎の茶話会です。
前のペンネームは山上翔子と申します。
もしどこかでリアルにお会いすれば、どこにでもいる還暦過ぎのおばちゃん(もしくは婆ちゃん)にすぎません。
ただ私のこれまでの、そして今もとぼとぼと歩んでいる人生は、とうてい「どこにでもある」というものではなく、なかなか波瀾万丈なものです。
あ、誤解しないでくださいね。
不幸自慢とか、「私はこんなに苦労したの」と同情を買いたいわけではありませんし、「私って特別」などという安っぽい優越感などはございません。
私よりも苦労して必死に生きている友人知人は周囲にいくらでもいますので、あくまでも事実としてあげただけです。
そして、この厄介な人生で培われた経験と思考が、「書き残さねば死んでも死に切れない!」という動機となり、小説を書き始めたわけです。
そこそこ平凡に暮らしていたなら、小説なんぞ書いたかどうか。
一生背負い続けていくのは、次の4つ。
・親から受けた虐待の後遺症
・30過ぎまでわからなかったディスレクシアとアスペルガー症候群
・これらに伴う人生の挫折、破綻
・葛藤の中での毒親の遠距離介護10年超えとそれに伴う損失
4行で書けば簡単ですが、現実にはこれらが複雑に絡み合い、「なんだかね~」という人生を送っております。
とはいえ昔に比べれば割り切ることも多く、毒母が3年前に亡くなり、重荷は一つ消えました。
まだ父が生きているので遠距離介護は続いていますが、これもなるようになるかと。
どうして見捨てずに、自分が辛いのに介護を続けているのかという点は、とても一口に言えるような単純なものではありませんので、小説にします。
最初に自分が発達障害者だとわかったのは、1999年、ロンドンでのこと。
留学準備のために滞在していましたが、どうしても英語検定のスコアが伸びずに悩んでいたときに、ひょんなことからディスレクシアを知り、もしやと思って悪戦苦闘の末にアセスメントを受けたら、大当たり。
この経験を基に書いたのが、AmazonのKindleで出し今は下ろした『霧が晴れて見えたもの』。
今でも「ディスレクシアって?」という人が多いですが、けっこういるんですよ。
興味がおありでしたら、そのうちにnoteで公開しますのでご一読ください。
そしてこれまでの人生で見てきたり味わわされてきた苦い体験や悲痛をローファンタジーにしたものが同じくKindleで出していた『邯鄲堂綺譚』シリーズと日本神話をベースにしたファンタジー『運命の天輪』。
宣伝に聞こえるかもしれませんが、少なくとも私の作品そのものが私の自己紹介。
どれもすべて、これまでの生き様と関わり合ってきた事柄が基になっております。
その反面、毒親はもちろん、周囲に理解されない、「あなたは強いから一人でできるでしょ。もっと弱い困っている人を助けるのが筋だから」と放り出されてきた自分を励まし、力づけ、楽しませるために書いたのが、コメディ小説。
『霊獣たちの物語』シリーズは、『邯鄲堂綺譚』から独立した小話。
虐待やマイノリティーのマイノリティー虐めなどの重いテーマを描くローファンタジーに登場する霊獣たちが、須彌山で無邪気に引き起こす騒動を記したもの。
『運命の天輪』は総合病院の待合室で検査待ちをしながら構想を書き、そのまま沈み込みそうな気持ちを奮い立たせるために書いたコメディが現在noteでマガジンになっている『因幡の白兎、神となり社に鎮座するまでの物語』。
先行するのは、この世で味わってきた理不尽、不条理、「どうして自分がこんな目に遭わければならないのか」「こんなに良い人がどうして苦しみ、平気で苦しむ人を踏みつけている連中がへらへら生きているのか」というやるせない怒りや痛みをテーマにした小説で、そんな自分自身を励まし力づけ「世の中、悪いことばかりではない。きっと幸運はやってくる」という思いで書いたのがコメディ小説の数々。
そんなふうに自分の精神のバランスを取りながら、小説を書いてきました。
大学卒業以来、ずっと一人で生きてきたのに、小さな家族ができました。
公園に捨てられていた白兎が、我が家にやってきたのです。
たいへん不思議ないきさつなのですが、これはまた改めて書くことにしましょう。
noteでは、過去作品の改訂版、書き下ろしなど様々なものを書く予定です。
その時の気分でコメディだったり、遠距離介護の実践的な経験談など様々。
興味がおありでしたら、この先もお読みいただけると幸いです。
どんなに厚く重い雲が覆っていても、その上には澄み切った青空が広がっています。いつか雲が晴れると信じて、今日も生きています。
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