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凍えるまえに乾杯を【北極圏遠征1日目(4/2)】

去る四月、冬のスカンディナヴィア北極圏を犬ぞりで旅する極地探検プロジェクト『フェールラーベンポラー』に日本人として初めて参加してきました。世界中から選出された20人のメンバーと、120匹のアラスカン・ハスキーとともに、スウェーデンからノルウェーにかけての350kmを旅する記録です。

詳細は記事後半

前日分はこちら↓

4月2日。7時に目を覚す。ストックホルム・アーランダ空港での集合時間は9時。顔を洗い、ジーンズとフェールラーベンのロゴTシャツ、軽めのセーター、ダウンジャケットを身につける。たくさんのギアが支給されるため、できるだけ身軽で行く。

ダニエルを起こさないように家を出て、ウプサラ中央駅まえのバス停に向かう。8時発のバスに乗れば余裕で間に合うはずだ。ウプサラ交通801番アーランダ空港行き。もちろんのことだが、車両もバス停も何もかも4年前と同じだ。留学を終えて日本に帰る時、一人残っていた友人と一緒にこのバスで空港に向かったんだっけな。

時間通りに到着ロビーに着く。すでにブラジル出身のサミュエルがいて、話しかける。彼は二週間前から北欧入りしており、キャンピングカーでノルウェーを旅していたのだという。

そうこうしているうちに、同じ時間にピックアップされる6人が集まる。昨日あったロクとカリナ、先ほど到着したアメリカ人のニキータ、チェコ出身のナタリー。

フェールラーベンポラー、初日だ。今日は出発前のブリーフィングとトレーニング、そしてチームディナーがある。フェールラーベンのスタッフであるミッミが運転するバンに乗り込み、空港からシクトゥーナの街に向かう。

カリナはメキシコ出身。政治学の博士課程に在籍しつつ、政策アナリストとしてメキシコシティ当局で働いている。
「遠征が終わったらすぐ帰らなきゃいけないの。すぐ大統領選があって、休みを取れただけでも奇跡だわ」
彼女はコーヒーブランドの経営もしていて、自社の農園で採れたコーヒー豆を持ってきていた。いったい何者なんだ?後部座席に座っていたロクといっしょに彼女のコーヒーについてもろもろ聞かせてもらう。

ロッジに到着。

15分ほどでバンはシクトゥーナの町に入る。ストックホルムとウプサラの中間に位置するシクトゥーナはスウェーデンでも最も古い町のひとつ。スウェーデンらしいカラフルな外壁が楽しい。バンは湖の辺りのロッジに停車する。今日はここで一泊だ。

エントランスではフェールラーベンのスタッフが待っていた。広報担当のマチルダ、SNS担当のミー、そしてカール。フェールラーベンのなかでも最も重要な人物のひとりであるカールはイベントマネージャー。世界中で開催されるフェールラーベン主催イベントにはもちろん、その他様々な媒体にも顔をだす彼は『ミスター・フェールラーベン』と言っても差し支えないだろう。

彼らに迎えられ、部屋の鍵をもらう。今日からはテントバディと一週間同じ部屋(テント)で過ごすことになる。タイラーは8時集合のバンですでにチェックインしており、シングルベッドがふたつ置かれた小綺麗な部屋には彼の荷物があった。

ランチまではまだ少し時間がある。ロビーに降りるとすでに到着していたメンバーたちがくつろいでいた。コーヒーを傾けながらおしゃべりする。フェールラーベンのスタッフもメンバーたちも皆とてもフレンドリーで話が面白い。

左からサミュエル(ブラジル)、ケイト(ウェールズ)、ジェロン(オランダ)。

デンマークからの参加者であるダーナ。身長も2メートル近い大男である彼は海洋考古学者なのだという。
「海洋考古学者ってどんな仕事なの?」
「俺はコペンハーゲンの博物館に勤務してる。もしコペンハーゲン近辺で海の上になにかを建設したり埋め当てたりする場合、政府は業者に許可を出す前に僕たちに調査を依頼するんだ。潜ったりソナーを使ったりして予定地を調べ、そこに歴史的な遺産が眠っていないかなどを探るんだよ」
バイキングがバルト海の実権を握っていた時から今に至るまで、北欧の海には多くの沈没船が眠っている。それらを探るのが仕事だなんて、なんてエキサイティングなのだろう。

自分のヨットや博物館で所有している船などを見せてもらう。一際大きい木造船が目を引く。
「これは『シー・スタリオン』号。復元されたバイキング船で最も大きなもののひとつだ。60人のクルーで航海する。夜には平底の船に60人が川の字になって寝るんだ。圧巻だよ」
ダーナの話を聞いてると、突然彼の時計が警告音を放つ。彼は何事もないかのようにポケットからペン型の注射器を取り出し、脇腹に注射する。
「それは何?」
「インスリンだよ。腕に埋め込まれたチップが血糖を計測していて、異常があると警告が鳴るんだ」
仕事でも遊びでも海に出ていることがほとんどだという彼は、北の海だけではなく糖尿病とも闘っている。病を患っても海に出続ける姿には脱帽である。

ランチの後はセミナー室に集められ、最初のブリーフィングが始まる。参加承諾書などにサインし、正式な開会式が行われる。フェールラーベン・ポラーの歴史、帯同するスタッフの紹介など。

「エベレストに登頂した人数は6500人以上ですが、フェールラーベンポラーで北極圏を探検した人数は500人ほど。ある点では世界で最も門戸の狭い探検かもしれません」とカールがスカンディナヴィア訛りの強い英語でジョークをいう。和やかな雰囲気でブリーフィングは進み、これまでのオンラインセッションで教わったことの振り返りや実地での対応方法などが紹介される。

オレンジジュースが気に入ったレネ。その横はロク。

もろもろの情報伝達が終わったあとは一度フィカを挟む。コーヒーを嗜んだ後、ギアのセッション。フェールラーベン自慢の極地ギアが支給されるというのもフェールラーベンポラーのひとつの目玉である。メンバーのなかでも今回どのようなギアが渡されるのかというのはずっとチャットのメイントピックでもあり、みなソワソワしている。座って待っていると、後ろのドアから全身装備を身につけたカールが入ってくる。屋内は半袖Tシャツで過ごせるくらい暖かいのに、そんな中でひとり極地装備でいるカールの姿がおかしくて、みなカメラを回している。

カールがひとつひとつ装備を外しながら説明をする。靴とパンツ以外、すべてフェールラーベンの製品である。寒ければ死ぬし、汗をかいても死ぬような極地環境において欠かせないのがレイヤリング、重ね着である。汗を吸って体温の低下を防ぐメリノウール素材のベースレイヤー、フリースやダウンジャケットで保温するミドルレイヤー、風を防ぐためのシェルレイヤー。これまでは登山におけるレイヤリングとは変わらないが、極地ではさらに大がかりなレインフォースメントレイヤーが必要である。着る寝袋のようなポラー・パーカーやビブスを場合に応じて着用する。

あらかたの説明が終わると、お待ちかねのギア支給タイムである。別の部屋に行くと装備の山が個人ごとにまとめられていて、それらを部屋で試着してサイズを確かめるのだ。フェールラーベンポラーのワッペンや自分の名前・国籍が刻印されたジャケットはポラーのメンバーしか手に入れることのできないプレミアム。今日一番テンションが上がるタイミングだ。

大きなバックパックとスノーブーツの箱を抱えて部屋に戻り、試着する。
「これが一番嬉しいかな」と僕がダウンジャケットを着て言う。
「間違いない。これはタウンユーズもできるしな」とタイラーも同意する。僕は支給されたものの半分ほどは2020年のチームに採用された時に頂いていたが、それでもこれから実際の遠征で使うものだと考えると感慨深い。試着をささっと終わらせ、サイズが少し微妙だったフリースパンツとブーツのサイズを変更してもらう。ストレージルームはフェールラーベンの倉庫のようで、どれも数万円は下らない高価なギアが所狭しと詰め込まれていた。

うれしいレネ。よかったね

限られた試着時間のあとはすぐにテントとストーブの使用実習がある。ロッジの中庭は湖に面していてとても開放的だが、あいにく天気は曇天、かつ強風。さっそく新しいギアが大活躍する。つるんと新しい名前入りのジャケットを着たレネが誇らしそうに笑っている。

左がハラルド。

「マルチガソリンストーブを使ったことがある人?」
ストーブの講習を担当するのはハラルド。フェールラーベンの社員ではないが、製品のフィールドテストを担当するアウトドアのスペシャリストだ。今回使うことになるのはガス缶を使ったキャンプストーブではなく、低温環境でも高火力を期待できるガソリンストーブ。僕は昨年新富士ストーブさんにガソリンストーブを支援してもらった時からよく使っているが、メーカーによってその仕様は大きく異なる。配線や点火方法をタイラーと一緒に確認する。

フェールラーベンの顔ことカール。

ストーブの講習のあとにはテントを組み立てるトレーニングがある。フェールラーベンの極地用トンネルテント「ポラー・エンデュランス3」。分厚い手袋をしていても扱いやすいような工夫がたくさんある。トンネル型のテントは日本の山岳環境ではあまり見られないが、北欧でのキャンプやトレッキングなどではベーシックなスタイルだ。寝るエリアも荷物を置くエリアも贅沢に取れるテント。
「テントの建て方はいつもと変わらないが、雪上での設営では大きなスノー・ペグを使うんだ」とカールが説明する。
「雪が硬い場合は刺すように使い、パウダーのようなさらさらの雪の日は少し地面を掘り、T字のようにペグを埋め込む必要がある」
トンネルテントをふたりで組み立てる。これを雪上でいかに素早く建てられるかがポイントになるはずだ。

トンネル式テントを張る。これは夏用のもの。

数時間の直前トレーニングが終わり、ディナーまでの時間でギアをすべて確認してザックに詰め込む。ゴール地点まで送ってもらうもの、スタート地点まで持って行って使うものに分け、さらに明日のフライトで機内持ち込みにするものと預け入れるものに分ける。パッキング大好き人間にとって、新しいバックパックに新しいギアを詰め込んでいくのは快感。

「コーヘイ、仕事が早いな。俺はでかいカメラバックもってきちゃって、どうしようか迷うよ」とタイラー。テントバディであるタイラーはカナダ・トロント出身。フィルムメイカーとして働きつつ、個人のポッドキャストや革細工もこなす。大柄でありながら物腰も言葉遣いもとても丁寧なナイスガイである。彼とともに過ごせるのはとても頼りになる。

時間になってダイニングホールに降りる。美しくセッティングされ、キャンドルが灯されたテーブル。フリーズドライのレーションを食べ続ける五日間のまえの最後の晩餐だ。
「明日から本当に遠征が始まる。時間もタイトなので、心してかかって欲しい」とカールがグラスを片手にみんなに語る。「ただその前に、メンバー同士で暖かい部屋での食事を楽しもう。スコール!」

笑顔が弾けるテレサ。彼女は地元ストックホルム出身。

ディナーは3コース。ドリンクメニューも贅沢で、僕はストックホルムのブルワリーのIPAをいただく。ふくよかな麦芽の甘みと、軽やかなホップのシトラス感が絶妙なコンビネーションを作り上げている。

同じテーブルのガビと色々話しながら、サーブされる食事に舌鼓を打つ。ガビはワシントンDC出身で、今は西海岸のオレゴン州ポートランドに住んでいる女の子。おなじチームのひとりだ。
「初めて西海岸の森を訪れた時、『木が呼んでいる』って感じたの」彼女はとても綺麗な英語を話す。「いつもはゴルフ場で仕事してるけど、私の心はいつも森にあるわ」

前メインの白身魚のフリットはディルの効いたクリームソースとともにいただく。身はホクホク、衣もくどくなく、爽やかなソースが調和をもたらしている。テーブルに用意されているパンにバターをたっぷりとつけて頬張る。何といっても北欧のバターは本当においしい。そのまま食べてもくどくなく、何かにつけたらコクをもたらしてくれる。世界中が見習うべきである。

みな明日に備えてぞくぞくと部屋に戻っていく。僕とタイラーはもう少しテーブルでゆっくりし、それからダイニングホールを後にする。彼がパッキングをしている間にシャワーを浴びる。次にシャワーを浴びるのはノルウェーでのゴール後になる。明日の朝食の時間に間に合うようにアラームをセットし、タイラーにおやすみをいって電気を消した。

***

❄️『フェールラーベンポラー』って?🛷

フェールラーベンポラー(Fjällräven Polar)は、スウェーデンの老舗アウトドアブランド・フェールラーベン(Fjällräven)が毎年開催する公募の北極圏遠征イベントです。世界中から選出された二十人のメンバーとともに、最も環境負荷の少ない移動手段のひとつである犬ぞりを用いて、冬のスカンディナヴィア北極圏を旅します。

🗺️どんな行程?🧭

スウェーデン極北のポイキヤルヴィからスカンディナヴィア山脈を越え、ノルウェー最北部に近いシグナルダーレンにいたる総距離300kmほどの道のりを、五日間かけて走り抜けます。氷と雪が支配するラップランドの大地にテントを張り、火を起こし、雪を溶かし続け、犬たちと共に生き抜きます。

🧳何が必要?🏕

遠征に必要な装備は全て支給されます。極地環境で快適に生き抜くアウトドアスキルもプロフェッショナルから提供されます。道中は自分自身のみならず犬たちの世話も担うことになりますが、経験豊富なフェールラーベンのスタッフ、ドクター、そしてプロのマッシャー(犬ぞり使い)が帯同し、サポートしてくれます。英語で最低限のコミュニケーションを取ることができれば、経験やバックグラウンドを問わず誰でも参加できる遠征です。

🌱参加するには?🔥

毎年十月から十一月にかけてフェールラーベンのホームページで参加要項が公開されます。昨年のコンテストでは、三つの課題にSNS上で答えるというものでした。毎年課題や応募方法は異なるので、応募時期にしっかりとページをチェックしてください。自分らしく、クリエイティブに、楽しんで応募すれば、選出されるのは難しくないはずです。

↓例)自分の応募投稿

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