ホームカミング【北欧紀行2024#1】
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ブリティッシュ航空の機内食にはつくづく閉口するしかなかったが、かといってロンドン・ヒースロー空港で何かを食べようという気にもなれなかった。空港にくると浮かれてしまうタイプの人間だが、それでもヒースロー空港の雰囲気はなぜか食欲というものの類を失わせる効果があるようだ。
バンクーバーからのフライトの座席がトイレのすぐ前ということもあり、座席も倒せず人通りも多く、一睡もできなかった。乗り物に一度乗ってしまえば一瞬で熟睡できるという自分のささやかな才能の一つが発揮されなかったことを残念に思う。ストックホルム行きの便は二時間後。乗り継ぎとしてはなかなか悪くない。
何をするでもなく登場ゲートで本を読んで時間を潰す。Kindleにダウンロードしてきた漫画を読む。「バンビーノ!」全14巻。六本木のイタリア料理店で修行する少年の成長模様を描いた作品。学生時代の寮になぜか5巻・8巻だけあったのを思い出す。
乗り継ぎ便に乗り込む。ストックホルムまでは二時間ほど。案外遠い。2年前にスウェーデンに戻った時、ウィーンからストックホルムへのフライトの電光掲示板を見た時ですら感慨深いものがあったのに、今回はあまり感情がドラマティックにならない。
それでもストックホルム・アーランダ空港に到着し、出口ゲートまで歩いていると、自分の中でなにかがすとんと落ちる感覚がある。やはりスウェーデンは「合って」いるのだな、と思う。
迎えにきてくれている友達に電話をかけ、いつもの集合場所に向かう。時間は8時過ぎ。もう外はだいぶ暗くなっている。
ピックアップ地点で待っていると、見覚えのある白いプリウスが停まる。見覚えのあるふたりも乗っている。
「お迎えにあがりました、ミスター」とダニエルがにやけて言う。
「恩に着るよ、サー」と僕も返し、2年ぶりのハグを交わす。運転席から出てきたアレックスとも。
ダニエルとアレックスは交換留学時代からの親友。ふたりともウプサラ出身。今回は前回と同様、ダニエルの家に三週間お邪魔する。
長い間あまりアップデートできていなかった間柄である。ウプサラまでの道中、さまざまな近況を語る。ダニエルは名古屋での半年の交換留学を終えて現在は卒業論文に取り掛かっていた。アレックスは自宅のリフォームを終え、来学期からウプサラ大学で勉強を始める予定なのだとか。
「名古屋は魔界のようなところだったよ」とダニエルが留学を振り返る。彼の喋りざまはいつ聞いても面白い。
ウプサラに着き、近くのスーパーで買い物をする。そしてダニエルの家に荷物を置いてすぐ近くのアレックスのアパートに向かう。今週末はイースター。伝統的なものが大好きなダニエルのプロデュースで、例によってスウェーデンのイースター料理を食べる。
まずスターターとして、小エビをマヨネーズとヨーグルトであえ、ディルを加えてライ麦パンの上に乗せたオープン・サンドウィッチ。ガーニッシュとしてピンクのキャビアを載せる。薄切りパンのうえにこんもりと具材が乗せられたサンドウィッチをフォークとナイフでいただく。具材を楽しむ北欧スタイルのサンドウィッチにおいて、パンはただ地面を支えるものでしかない。いわゆるエビマヨおにぎりのサンドウィッチ版である。エビとマヨネーズのコンビネーションは申し分なく、飾りで載せたキャビアの塩分が食欲をそそる。
「日本で茹でて美味しいじゃがいもを探すのは本当に難しかったよ」とダニエルが鍋からポテトを取り分けながら語る。典型的なイースター・スウェーデン料理といえばニシンとじゃがいもだ。ニシンは小さな瓶に詰められていて、シンプルな酢漬けのもの、甘めのもの、マスタード漬けのものの3種類を皿に取る。それらを蒸したじゃがいもといただく。スウェーデンのじゃがいもは身がしっかりとしていてこってりと味が濃い。漬けられたニシンの強い旨みと酸味を、ほどよく茹でられたじゃがいもの甘さと優しいテクスチャが受け止める。
年の近い友人とこうして食卓を囲むというのも久しぶりだ。スウェーデンの薄いビールを傾けながら、様々な話をする。僕の仕事の話、北欧の先住民サーミの話、国内の移民問題など。笑い転げるようなエピソードから真剣な政治論議までできる稀有な友人たちである。2年ぶりであっても、なぜかいつもここにいたような気分になる。
しばらくするとアクセルがやってくる。彼も僕たちのグループのひとりだ。駅を挟んだ反対側のアパートに住んでいる彼もウプサラ大学の学生で、応用物理学を専攻している。彼も昨年夏はバンクーバーにいたのだが、お互い予定が合わなかった。元気そうで嬉しい。
2時過ぎまで話し込み、おやすみをいってアレックスとアクセルと別れる。ダニエルの家でシャワーを浴び、ふたりで少しウイスキーを傾けてから貸してもらった布団に潜り込む。ウプサラ中央駅の大通りを通っていくバスのささやかな音が心地よかった。
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時差ぼけや疲れもあったのか、11時過ぎに起きる。とはいっても世間はイースター・ウィークエンドなので大したイベントもなく、ダニエルも昼過ぎに起きてくる。
ブランチをつくる。バターをたっぷりと塗った黒パンに、ダニエルが家族とのイースター・ランチの残りとして持って帰ってきた厚切りのハムを乗せ、そこにマスタードとアップルジャムを乗せたもの。ハムの肉肉しい旨みと脂身が、マスタードとリンゴの甘さと酸味で上手く口の中で絡み合う。
「これはどちらかというとクリスマスの朝に食べるものなんだけど、いつ食べても美味いしね」
だらだらとインディ・ジョーンズの映画を一本見て、SIMカードを買いに行きがてらウプサラの街を二人で歩く。2020年に留学を終えて日本に帰ってから初めてスウェーデンを訪れた2022年、すべてが懐かしくノスタルジアに浸っていた。今回も2年ぶりではあるが、ノスタルジアというよりは変わらないものに対する安心感というほうが近いかもしれない。
遅めの昼ごはんにマックス・ハンバーガーに寄る。マックスはスウェーデン発祥のハンバーガーチェーンで、Mの字のバーガー店を押さえてスウェーデン第一のシェアを獲得している。クオリティも高く、種類も多く、値段もリーズナブルで、店も綺麗。どの点をとってもマクドナルドがマックスに敵う点はひとつもない。
ベーシックなメニュー「オリジナル・バーガー」のセットを頼み、テイクアウトしてふたりで川沿いに座って食べる。ウプサラ中心部を流れるフィリス川の流れが強い。雪解けシーズンだからだろうか。
パティは一枚であるが分厚く、しっかりとグリルされた香ばしさがたまらない。フライドポテトはカリッと揚げられた細身タイプで、追加で頼んだディップをたっぷりつけていただく。世界中のハンバーガーチェーンの半分がマックスになればどれだけ世界は平和になるのだろうか、とふと思う。
5年前の留学時代、2年前の夏、どの期間もずっと工事中だったウプサラ大聖堂はついに全貌をあらわにしている。北欧最大の聖堂であるウプサラ大聖堂は街のどこからでも望むことのできるランドマークだ。大学の大講堂やミュージアムのゾーンを歩く。十世紀前後からスウェーデンの古都であり、1477年に創立されたウプサラ大学を中心に発展したウプサラは歴史ある学生街。いたるところに大学の建物がある。
簡単な散歩の後、駅前のコンビニでSIMカードを買う。20GBで2000円弱。悪くない。本当にカナダの携帯価格は高すぎる。
家に戻ってセッティングし、ダニエルが論文に着手している間に僕は少しジャーナルを進める。7時過ぎになるとアレックスが遊びにくる。夕食にしよう。
「試してみたいものがある」とダニエル。「厚切りハムに衣をつけて揚げて、即席シュニッツェルにするのはどうだろう?」
料理好きな彼が創作するものが外れたことは僕の記憶している限りでは一度もない。
アレックスがじゃがいもを蒸し、僕がハムに卵液と衣をつけ、ダニエルが揚げる。簡単なクリームソースとじゃがいもとともに見た目は完璧にシュニッツェルな代物をいただく。肉を揚げたものをポテトとソースと食べて外れるはずがない。
明日は朝早くから仕事だと言うアレックスを見送ったあと、ふたりで映画「哀れなるもの」を見る。アートディレクションもフォトグラフィーも素晴らしく、エマ・ストーンにも脱帽である。シュールレアリズムを現代的な映像にするとこうなるのかと感じる。
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