映画「完全なるチェックメイト」レビュー
前から気になっていた映画でした、伝説のチェスプレイヤー「ボビー・フィッシャー」が主人公のドキュメンタリー映画です。
私はチェスの世界のことをほとんど知らないのですが、そんな私でも知ってる有名人です。
最近将棋界でもボビー・フィッシャーが考案したとされる持ち時間ルールの大会が開催されたり、他種目にも影響を与えた人なんです。
監督はエドワード・ズウィック、「アイ・アム・サム」や「ラスト・サムライ」の監督です。
主演はトビー・マグワイア、スパイダーマンが印象的でしたね。
あらすじ
子供のころからチェスプレイヤーとして活躍したボビーはアメリカチャンピオンに留まらず、ヨーロッパのグランドマスターたちも次々と撃破し名を馳せていた。
精神的なことから数々の問題行動を起こすなど紆余曲折の後、ついに当時チェス大国だったソ連のチャンピオン「ボリス・スパスキー」との大国同士の威信を賭けた世紀の対決が始まる。
この映画の主要登場人物はボビー・フィッシャーとライバルのボリス・スパスキーです、ボビーの内面描写と主役2人の対決が物語の主軸になっています。
では良かったポイントと気になったポイントを挙げていきましょう。
主人公の精神描写が生々しい
主人公のボビーは若くからチェスプレイヤーとして圧倒的な力を見せる一方、小さな音にも敏感に反応するなど繊細な一面を見せていました。
それがだんだんと悪化して、「盗聴されている」とか「狙われている」などの被害妄想を膨らませるようになっていきます。
そして対局の条件に無理な注文をつけるなど、傍から見れば傍若無人な振る舞いをするようになっていくんです。
その情緒の悪化がこれでもかと描写されます、これはトビー・マグワイアの演技力のなせる業なのでしょう。
主人公を支える人たちの苦労がわかる
主人公チームとして、マネージャー的存在の弁護士、チェスプレイヤーでもある神父が登場します。
エキセントリックな天才ボビーと違ってこの2人は常識人です、ボビーの破天荒すぎる振る舞いに振り回されながらも、なんとか世紀の対決を実現させようと奔走するんです。
この2人にそうさせる動機はそれぞれ違うんですけど、チェスプレイヤーとしてのボビーに魅せられていることは共通しているんです、ボビーの指すチェスにはそれだけの魅力があったのでしょうね。
ライバルがカッコいい
ライバルであるボリス・スパスキー役はリーヴ・シュレイバー、知らない俳優さんでしたが調べたら主に舞台で活躍する俳優さんらしいです。
このライバルキャラがかっこよかったんですよ、エキセントリックな主人公に対して冷静沈着で紳士的な振る舞いが強者感を出していましたね。
そしてボビーとの戦いの中でボリスもまた精神を病んでいる様が描写されるんです、この一連のシーンはぞわぞわとした恐怖を感じましたね。
さて続いては気になったポイントにいきましょう。
主人公に好感が持てない
ボビーは被害妄想から疑心暗鬼になり、無茶な条件を提示して承諾されないなら対局しないという傍若無人な行動を繰り返します。
まったく好感が持てませんねえ、精神を病んでいるとはいえ主人公としては致命的に魅力がありません。
だから世紀の対決と言われても主人公を応援しようという気持ちが湧いてきません、まあドキュメンタリー映画ですから勝負の結果は知っているんですけどね。
それにしてもトビー・マグワイアはスパイダーマンで好青年を演じていてそのイメージが強かったのに、本作ではいけ好かない人物にしか見えなかったですね、俳優さんとは凄いものです。
エンタメ的盛り上がりは皆無
まあドキュメンタリー映画ですからエンタメ要素を期待するのが間違いだというのはわかっているんですが、とにかくのっぺりとして平坦な映画という印象を受けました。
苦戦の末に強敵を打ち倒すという王道ストーリーのはずなのに、この盛り上がらなさはなんなのでしょうか。
安直な邦題
原題は「Pawn Sacrifice」です、犠牲になるポーンという感じでしょうか。
偉大なチェスプレイヤーである2人が超大国同士の代理戦争に駆り出され、ポーンのように使い捨てにされるという意味にも取れそうですね、なかなか深いタイトルです。
それに比べて何ですか「完全なる」「チェックメイト」とは? 工夫のかけらも感じられないつまらないタイトルです。
チェックメイトとは将棋で言う「詰み」です、「決着」という意味にも取れなくもないですが、将棋でもプロ同士の対局で「詰み」まで指すということはほとんどありません、負けを悟った時点で投了するのでタイトルのようにチェックメイトとはならないんですよ。
チェスでは負けを認めた側が握手を求めるというのが作法なんでしょうか、本作のクライマックスでは敗北を悟ったボリスがボビーを称えて拍手をすることで負けを認めます、感動的なシーンでしたがあれを見て「完全なるチェックメイト」というタイトルにするセンスを疑いますね。
洋画に邦題がつくことはよくありますが、時々こういうセンスのかけらもないタイトルがつけられることがありますね、困ったものです。
さあ採点ですよ!
総合評価
・ストーリー 50点
正直言って面白い物語かと言われると「いいえ」と答えるしかないんですが、これはドキュメンタリー映画ですから脚本の面白さを求めても仕方ないと思うんです。
実在した伝説のチェスプレイヤーの内面を描くことに本作の意義があったのでしょう、えぐい心理描写でぞわぞわとした気持ちになりましたからね。
・ビジュアル 45点
やってることはチェスですから絵面的に地味なのは仕方ないですね、登場人物の内面に焦点を当てた映画てすから派手さはありません。
世界中から注目され華やかな表舞台とは裏腹に、盗聴を疑いそこら中を調べて散らかった部屋が印象的です。
精神的に追い詰められて病んでいく主人公の内面を、視覚的にわかりやすく表現しているなと思いました。
・音楽 40点
この映画は「物音」を強調するようなシーンがたくさん出てきます、主人公は神経過敏になり些細な物音にも過剰な反応を示すようになるんです。
時計の音などの小さな音を強調するためにBGMを使わないシーンがたくさんあります。全体的に静かな映画で特に印象に残る曲はありません。
1960年代のポップ曲がいくつか使われています、古き良きアメリカの楽曲というイメージです。
・キャラクター 70点
伝説のチェスプレイヤー2人の対比が良かったですねえ、エキセントリックな言動のボビーに対して無茶な要求にも応じて王者の風格を見せるボリス、どっちが主人公かわかりません。
しかし穏やかに見えたボリスもまた精神に異常をきたしていたのです、この描写には背筋が寒くなりましたね、国を背負うプレッシャーがそうさせてしまうのか、チェスの真理を追い求める過程で精神を病んでしまうのでしょうか。
主人公チームの2人も脇役ながら良い味を出していましたよ。
・総合評価 65点
脚本的な面白さはないし、エンディングは決して後味の良いものではありません、だけどドキュメンタリー映画なので仕方ないところです。
この映画の見どころはチェスの真理を追い求める2人の天才の心理描写です、ボビーのセリフ「チェスのすべては理論と記憶なんだ、選択肢が多いと思われてるけど正しい指し手はひとつ、行き着く先は他にない」、これには痺れましたね。
何千何万という選択肢の中からたったひとつの答えを追い求める中で神経をすり減らし狂気にとりつかれていくのでしょうか、「ハチワンダイバー」では先の先を読んでいくことを将棋盤の海に飛び込んで深く潜っていくように描いていました、深い深い海の底には狂気に至る深淵が口を開けているのかもしれません。
将棋界ではすべてのタイトルを保持する藤井八冠が絶対王者として君臨しています、一見穏やかに見える藤井先生の内面にもある種の狂気があるのかもしれません、そう思うとぞっとしましたね。
まあ私も含めた一般人には狂気の深淵までたどり着くことはできないでしょうから、チェスや将棋が危険ということはないのでしょうけどね。
いやあ、思っていたのとは違いましたが印象に残る映画でしたね。