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大関をたった14場所で陥落した男⑦「変化」の駆け引き

「相手への声援が大きいと逆に燃えて気合いが入る。それで勝てると、どうだい! って。負けると恥ずかしいけどね」
土俵に上がれば、鬼の形相と豪快な取り口で観客を魅了。けれど普段はこんなに愛嬌がある感情豊かな青年だ。

そんな照ノ富士が、16年ぶりに誕生した日本人横綱・稀勢の里と優勝を争った2017年の春場所。千秋楽に直接対決を控えた14日目の琴奨菊戦で、レイシャルハラスメント※ と言えるブーイングを受けた。

―モンゴルへ帰れ―

立ち合いで「変化」したことに対し沸いたブーイングに乗っかり、この卑劣な声が飛び出した。

ここで「変化」とはなにかについて触れる。立ち合い(取り組み開始直後)で、左右どちらかに飛び、正面から当たらないことを指す。「変わる」と表現することもある。
無論、禁じ手ではないが、特に上位番付の力士がこれをやると、私も含め多くの相撲ファンが落胆する。相撲は行司の合図で始めるのではない。両者の呼吸を合わせ、互いに手をついた瞬間がスタートサインだ。その、相手と心を通わせた開始直後に、裏切るように横へ飛ぶ。「変化」とは、一般的には、真っ向勝負を避ける騙し討ちだと捉えられているのだ。

この時の変化について駿馬は「あの時の変化は、取組前から決めていた」と明かした。

その裏には、こんな理由があった。
13日目、照ノ富士は鶴竜戦で足を負傷した。けれど公表はしていない。相手に余計な情報を与えることになるからだ。
一方、優勝争いの相手・稀勢の里は、前日まで全勝、トップを走っていた。ところが、照ノ富士と同郷で同部屋の兄弟子・日馬富士の援護射撃に合い、あっけなく寄り倒され土俵の下に落ちた。その直後、左の肩を押さえ、しばらく動けなくなった。詳細こそ明かさなかったが、ケガをしたことは誰の目にも明らかで、休場も心配されていた。

「このケガで休んでくれたら楽だなと思ったけど出場するとわかった。自分は隠していたけど、痛みで朝の稽古に出られないくらいだった。だから変わるしかないと思った」
2年ぶりの優勝争いだ。「勝ち」にこだわりたい。親方の叱責も構わない。
「必ずブーイング出るけど大丈夫?」
そう尋ねる駿馬に「勝てばいいんです、大丈夫です」と、強く言い、14日目の土俵に上がった。
すばやく右に飛んだ瞬間、琴奨菊がまっすぐ突っ込み、一瞬で勝負は決まった。

日本中が見守る中、満を持して出場した稀勢の里は、ケガのせいか全然相撲にならず、14日目を終えて、照ノ富士が逆転、優勝に王手をかけた。


しかし、迎えた千秋楽。前日から続く、圧倒的アウェーな空気が照ノ富士の冷静さを失わせた。
本割 ※で同点に追いつかれ、優勝決定戦も続けて星を落とし、久しぶりの優勝は幻となった。
いつでも一番近くで支えていた駿馬は、
「その日は、予想していたからよかったけど、次の日も、その次の場所でも、ひどいブーイングは続いた。これほどひどい反応が、ここまで長く続くとは…。それは想定外でしたね」
と、振り返った。  (つづく)

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※レイシャルハラスメント・・・人種や民族、国籍、地域において、その特定の人々に対して嫌がらせ、いじめなどの行為や差別をすることである。世界的、歴史的に、各種の事例が存在している。
※本割・・・大相撲であらかじめ発表された取組表によって行われる正規の取組。優勝決定戦などは含まない。


(本記事は、(株)宣伝会議が主催する教育講座「編集・ライター養成講座」の卒業制作として提出した記事から掲載しています)

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