ショートショート/「世界救済計画」
数人の弟子を抱えたある男が彼らとともに、村はずれの小さな小屋に集っては日々修行を続けておりました。
男には長年連れ添った妻がおりましたが、何故かある日突然、離縁状をつきつけ、夫婦の仲を解いてしまいました。
驚いた弟子の一人が男に尋ねました。
「お師匠様、どうして奥様と離婚なさったのですか?」
師匠と言われた男は、弟子の目を覗き込みながらこう言いました。
「うむ。実はな、瞑想中にある大いなる気づきが降りてきたのじゃ。これまでわしが道を説いてきたのはお前たちだけじゃった。
だが、わしは遂に本来の使命に目覚めた。たった一握りの者たちだけが真理を知ってどうなる。すべての者たち、そう、この地上に生けるすべての人々を苦しみの世界から救い出さねばならん・・・とな。
そして、その計画に己の全てを捧げるべく、家内に暇を出したのじゃ」
弟子は目を輝かせ、叫ぶように言いました。
「そういう理由でございましたか!
時が満ちた、ということでございましょうか。
お師匠様、是非、私どももその計画に協力させてくださいませ!!」
それから数日経ちましたが、男は特に新しく何かを始めるわけでもなく、今まで通りの生活を続けておりました。一週間が過ぎ、やがてひと月、そしてふた月・・・。
遂にしびれを切らした弟子が男に尋ねました。
「お師匠様。地上のすべての人々を苦しみの世界から救い出す・・・、
あの計画はどうなったのでしょうか?」
弟子のその言葉に、男は意外そうな口ぶりでこう答えました。
「どうなった?気づいておらんのか?もうすでに始まっておるではないか。
長くつらい、この世の地獄とも言える苦しみの日々・・・。
そこから救い出された最初の男がここにいるではないか。
ほれ、お前の目の前じゃ。
あの、怖ぁ~い鬼嫁と別れた、このワシじゃ」