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世界一しょぼいタイムスリップ

若くして天才の呼び声高かったS博士は、悲運の人だった。
彼が発明したアイデアはことごとく大資本の企業に奪われ、特許は他人のものとなり、資金も尽きていった。今はみすぼらしい研究室で、誰からも期待されずにひとりタイムマシンを作り続けている。

「あと少しだ……」
 
が、あと少しのまま数十年が過ぎた。何度試しても動かない。部品を変え、理論を見直し、祈りすら捧げたが、無情にも成功は訪れなかった。
そのうち博士はベッドに伏した。寿命だった。視界はぼやけ、呼吸は浅く、ついに最後の瞬間が訪れた。

その時、研究室の片隅に放置されていた試作機が震え出し、閃光を放った——
博士の身体は光に包まれ、時間の狭間へと投げ出された。タイムマシーンは完成したのだ。

スイッチを押した覚えはない。が、長年溜まった埃によって回路がショートし、装置が作動したようだ。それは、神の気まぐれとしか思えない。
だが、虚弱した老体は、時の流れに耐えられなかった。博士は到着前に、静かに息を引き取った。

***

とある時代のとある町で、老人の遺体が発見された。身元不明。奇妙な服を着たこの老人が何者なのか、誰にも分からなかった。当初人々は騒ぎ立てたが、しばらくすると世間は飽き、事件は迷宮入りした。

こうして、世界で初めてのタイムトラベラーとなったS博士の生涯は、何の意味も残さないまま幕を閉じた。

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