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釜揚げ師走

先輩の下宿を訪ねると「丁度、師走を釜揚げしたところだから食べていけ」と言われた。相変わらず先輩の言うことは訳が分からない。部屋にあがると、卓袱台にカセットコンロが置かれ、その上で鍋がグツグツ音と湯気を立てている。覗いてみると、白く濁ったスープの中に「師走」と書かれた麩のようなものが浮いていた。

「なんですか、これ?」
「カレンダーだよ。年末だから師走を特製の塩水で煮込んだんだ」
「はぁ……」
「一年の穢れを煮立てて食べれば、来年は良い年になるんだ。俺の故郷で古くから続く風習さ。騙されたと思って食べてみろ」

真顔の先輩を見て、これは断れないヤツだと悟る。意を決して一口すすると、妙な苦みと塩辛さの中に、ほんのり甘い余韻が広がった。何とも言えない味だが、思ったよりは不味くない。

「どうだ?」
「意外と美味しいです」

思い返せば、奇病にかかり死を覚悟した私を救ってくれたのも、先輩のおかしな迷信だった。きっと来年は良い年になるに違いない。

鍋から湯気がふわりと立ち上る。その向こうで、先輩の目が小さく笑う。それを見て、私のお腹がほっこり温かくなった。

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