沈む寺
月のない夜。山裾に広がる原っぱで、寺は城と向き合っていた。
きょう、最強の建造物が決する。
「寺の分際で俺に勝てると思っているのか?」
城が挑発をしながら間合いを詰める。軽薄な口調とは裏腹に、その動きは力強いだけではなく、流れるようにしなやかだ。天賦の才に胡坐をかくことなく、鍛錬を積み重ねてきたことが一目で分かる。
寺は黙って構えた。迷いは無い。ただ強くなるために、愚直なまでに何千、何万と基本の形を繰り返し、鍛え抜いた自らの拳を信じるだけだ。
試合開始の合図はない。空気が張り詰めた瞬間、城が動いた。
鋭い踏み込み、重い中段突き。寺は辛うじて防御するが、衝撃で足がぐらつく。攻撃は止まらない。上段、下段、変幻自在に繰り出される技の嵐。寺は防ぐだけで精一杯だ。わずかな隙も見逃さない城の猛攻に、少しずつ押されていく。
「終わりだ!」
勝利を確信した城が上段突きを放つ。
その瞬間。寺は思いきり足を開き、重心を落とした。全身が沈む。城の拳は虚空を切る。すかさず寺は相手の懐に飛び込むと、渾身の中段突きを叩き込んだ。
「ぐっ……!」
城の体がよろめき、そのまま倒れた。
寺はゆっくりと立ち上がり、一礼した。
沈み込む中段突き。
それこそが寺が何万回と繰り返して会得した、一撃必殺の拳だったのだ。
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