逢いたい菜
家庭菜園で育てた「逢いたい菜」を摘み、そっと口に運ぶと、彼の声が頭の中に響く。
「よ、元気してるか?」
少しハスキーな囁き声に、私の胸がぎゅっとなる。彼がいなくなり、どれだけ彼を愛していたのかに気付いた。だから、彼に逢いたいという気持ちを注いで「逢いたい菜」を育てている。その葉を食べると、口に広がる甘みと共に彼が現れて話しかけてくれるのだ。
「今日も、仕事でミスしちゃった……」
「大丈夫、誰だって失敗するさ。お前なら乗り越えられるよ」
「最近、私もすっかり年取っちゃったみたい……」
「そんなことないよ。お前は初めて会った時と変わらず、すごく可愛いよ」
いつもそう。彼は変わらず優しくて、あの日と同じ笑顔をくれる。私はその優しさに癒されながら、少しずつ前に進む勇気をもらう。
しかし、その日は違った。ふと声が低くなり、彼がこう言ったのだ。
「あの日、俺はお前と喧嘩をして家を出ていこうとしていた……」
「な、何を言っているの?」
「なあ……なんで俺を殺したんだ?」
逢いたい菜が急に苦くなる。私は葉っぱを吐き出し、急いで口を濯いだ。ああ、こんな幻じゃなく、本当の彼に逢いたい……
彼が眠る畑の上では、逢いたい菜が風に揺れていた。