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書庫冷凍

我が家の地下には書庫がある。実際は物置のようなもので、父が愛した蔵書や美術品などが仕舞い込まれている。
この書庫は冷凍庫のように寒く、30分も留まっていたら凍死してしまう程だ。私はかじかむ指に息を吹きかけながら、父の遺品の整理を急いだ。

その時、埃の積もった古い本棚の下に、赤い装丁の本のようなものが落ちていることに気がついた。屈みこんでみると、それは日記帳であった。革張りの表紙は飴色に変色しており、中を開くと酸化した洋紙の匂いがぷんと鼻をつく。
興味を引かれてぱらぱらとめくってみると、日記帳の最後のページに挟まっていた写真が足元に落ちた。写っていたのは美しい一人の女性だった。

「これは……」

私はその写真を呆然と見つめた。それは若い頃の母だった。今よりもふっくらとして健康的だし、なによりも美人だった。

この日記帳は父が若い頃に使っていたものに違いない。父は大切なモノを何でもこの書庫に仕舞い込む癖があったのだ。

「母さんは、こんな顔をしていたんだね……」

写真を手に、書庫の隅に置かれたアンティークのベッドに近付く。
ベッドの上では、父が生涯愛し続けた母の遺体が、氷のような微笑を浮かべていた。

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