遠巻きに、そっぽ向きながら、生あたたかく
ぼくは、医師であると同時に、患者だ。
高校まで、真面目一徹で通してきた。ガリ勉くんと言われながらも、いい大学に入ることができた。大学に入ってからも、今までの自分を信じて、真面目に全部頑張ろうとした。
大学は、全部真面目にやるには、広すぎた。徐々に息が切れ、力尽きた。人間が怖くなった。形のない悪意が視えるようになった。なにもできない期間と、なにかせずにはいられない期間が交互に来た。
そのころ、SNS経由で4歳上のお姉さんと仲良くなった。地理的にも離れたところに住んでいた。でも、ぼくのことを遠巻きながらいつも気にかけてくれ、そっぽを向きながら支えてくれるような変わった人だった。
そのお姉さんに、何回お酒に誘われたか、もう覚えていない。そこでバーに行くことも覚えた。ませた二十歳だ。
どうしようもない焦燥感でいてもたってもいられなくなったとき、夜行バスに飛び乗って会いに行ったことがある。寒い年の暮れだったような気がする。お姉さんは、「朝っぱらから呼び出すやつがあるか!」と笑いながら一日観光に付き合ってくれた。
そんなことがありながら数年が経過し、ぼくの病状は新しく始めた薬で随分と落ち着いた。お姉さんは結婚し、お子さんが産まれた。妊婦のお姉さんともお出かけしたことがあるが、ぼくにかかずらわる時間が少なくなるだろうな、と少しだけ寂しかった。
ぼくがお姉さんから「独り立ち」するようになるのとほぼ同時期に、4歳下の変わった後輩と知り合いになった。
彼女は、ありとあらゆる面で、4年前のぼくだった。真面目で、不安で、夢があった。妥協を許せなかった。精神的な不調を抱えていた。
人間関係とは不思議なもので、ぼくは彼女こそ、お姉さんに受けた恩を受け継ぐべき人だと直感で確信した。ぼくにとってお姉さんがいつも遠巻きに見ていてそっぽを向きながら助けてくれる人であったのと同じように、ぼくも後輩にとってそうでなければならなかった。前に轍があるだけで、人は生きやすくなるとぼくは知っている。
これは、損得勘定でも、罪や恥でもなく、純粋に、ぼくがそうしたいと思ったからだ。
出会う人全員にそうすべきなのかどうかはわからない。ただ、社会のみんながみんなを遠巻きに見守るゆるくて冷たいようで暖かい社会になればいいなと思っている。
ぼくは、そういう社会を目指すために、精神科医になろうと思っている。これも、損得ではなく、ぼくがそうしたいと思ったからだ。