『山月記』中の漢詩の形式について
中島敦『山月記』はあまりにも有名ですが、作中で李徴が漢詩を詠む場面があります。
これを題材に漢詩としての形式を確認してみましょう。
押韻
漢詩は基本的に偶数句末で押韻します。
この詩では「逃」「高」「豪」「嘷」です。日本語での読み方が似ていればよいというものではなく、ほぼ漢字は「韻目」という106種類のグループに分けられており、基本的に同じグループ内の漢字でしか韻を踏めません。
上のページの左上の欄に「逃」を入れて検索すると次のような結果になります。
「逃」は「平声」(ひょうせい;後述)であり、「豪」という韻のグループに属することがわかります。
「韻番」の19を同じページの右上の欄に入れて検索すると次のようになります。
「逃」「高」「豪」がこのグループに属していることがわかります。「嘷」はデータベースに入っていないようですが、押韻の規則からも「皐」が入っていることからも、同じ韻目であることは間違いないでしょう。
平仄
「ひょうそく」と読みます。
「平声」「仄声」をまとめたもので、漢字の中国語での発音を大きく2つに分類したものです。
漢詩は詠ずるものであるため、押韻以外にも発音のバランスというものが重視されています。先ほどの「逃」の検索結果を見てみましょう。
「平仄」の項目は「〇」となっています。これは「逃」の発音が平声であることを意味しています。
詩中に出てくる「敵」は「●」です。これは「敵」の発音が仄声である、ということです。
押韻する漢字は平声(〇)でなければなりません。
二四不同・二六対
発音のバランスを整えるうえで、まず「句」レベルの基本構造となるのが「二四不同」と「二六対」になります。
先ほど見たように、すべての漢字は平声か仄声か、〇か●かに分類されます。
二四不同・二六対とは、七言の句においては2-4-6文字目が
・平ー仄ー平
・仄ー平ー仄
のいずれかでなければならないことです。
平起式・仄起式
七言句同士の連関については平起式・仄起式の2パターンがあります。
便宜的に平仄の関係ない漢字をXとすると以下のようになります。
『山月記』の漢詩の構造
複数の漢字の平仄を一気に調べたい場合は以下のサイトが便利です。
改めて作中の漢詩の押韻・平仄を整理すると次のようになります。
各句の2文字目、4文字目を縦に追ってみましょう。前述の規則通りであることがわかります。
挟み平
「はさみひょう」と読みます。
前述の6文字目を縦に追うと、七句目の「明」が規則に外れていることがわかります。
ここでは例外規則のひとつである挟み平が用いられています。
「平起式」であって、「押韻しない句」の末尾3文字の平仄は「●〇●」として「〇●●」の代用としてもよい、というものです。
前述の「対明月」に関しては、基本ルールからは外れているものの、例外規則の中で整合性が保たれていることになります。
まとめ
『山月記』作中の漢詩を題材に漢詩の基本的な形式についてまとめてみました。平仄のルールが厳しく、パズルのような感覚で漢字が組み合わさっていることがわかります。
唐代の詩人は酒を飲みながら即興で詩を作っていたそうですが、感服せざるをえません。