自分が自分を〝見る“ ということ
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中企大東京在校時に受けた印象的だった授業の一つに自分についてのスピーチを録画して後でそれを見ながらみんなで論評し合うというものがあった。
自分のスピーチの画像を自分で見て、それについて感想をいい、先生や他の研修生からフィードバックを貰う。
なんと恥ずかしい。
一種の羞恥プレイではないかと思うほど笑。
でも、それを見ることで、自分の話し方の癖や間の取り方、話すスピード、それにこれは文章を書くことにも当てはまるが、話の構成の傾向と言ったものが見えてくる。
自分の思うことを文字にしたり普段しゃべっている場面を録画したりしてこの目で確認する。
それが客観視するということであり、自分を知るもっとも有効な方法の一つだと思う。
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この前の隊長会議で面談の場面を想定して、隊長方にそれぞれ話し手・聞き手の役をこなしてもらい、それを画像化して、テレビで見ていただいた。
その主な目的はあくまでコーチングスキル習得の学習の手始めに今の自分のスキルを確認してもらうことにあった。
でもそれに限らず、このアプローチは例えば交通誘導警備であれば旗の振り方といったように広く業務の質の向上にも繋がる。
また、自分を見てもらうことで本当の意味で対象に対する客観視できる能力の向上を磨くことに資するのではないかと思う。
それが隊員に対してより客観的に評価できるようになることに繋がるのではないか。
そう考えると、このアプローチを広く指導・教育に生かしていくことが本物の警備の実現に繋がるように思われてならない。
それを恥ずかしいだなんて言わせない笑。