排斥より調和
1. キング牧師とヒトラーの演説は少し似ているがやはり違う。
(1)昨夜YouTubeでキング牧師の伝説の演説「I have a dream」とヒトラーの首相就任演説を聞き比べてみた。
現実の理不尽に自分も怒りを感じている。だからあるべき姿にしようではないかという途中までの“売れ線”論調はどちらも同じ。
理屈ではなくそして観衆の気持ちに訴えるアプローチも似ている。
どちらも心を高揚させるものだった。ただキング牧師の演説はもやっとした感じがじわじわくる感じなのに対し、ヒトラーのそれは強烈なものが一気に来る感じがしてかなり刺激的。
正直途中まではヒトラーの演説の方が優勢だと思った。
でも途中からの論調の違いが影響したのか、キング牧師の演説を聴いた後は、じわりと感動の涙が溢れたが、ヒトラーの場合にはそれがなかったというかうざいと思った。
なので結局自分の中では最終的にはキング牧師の勝利だった。
なぜそう感じたのか?
(2)ビジネスの文脈で考えてみようと思う。
a まず短期的に考えると、2人ともターゲットの心を掴んでいる点でこの演説は有効なアプローチだと思う。
ただ、ヒトラーのように特定の対象をスケープゴートにしたり、侮辱的な言葉を使用する排斥型の方が刺激的で強烈なテイストがある。炎上商法なんかはそういったテクニックを応用したものだと思う。そういう意味ではヒトラーの方が短期的な訴求力があると思う。
b ただより長期的に見ると、やはりキング牧師の掲げる人種平等の方が、ヒトラーの排他的なユダヤ人差別のゲルマン民族優位論よりも理念としての普遍性が高い。
アラバマの白人の主人の子供と黒人の奴隷の子供が手をつないで歩くみたいなを融和的イメージを中心に置いている点ではるかに安定感がある。
そういう意味ではキング牧師の調和型の方が遥かに長期的な訴求力がある。
刺激は飽きられやすい。笑っていいともがなぜあそこまで長く続いたかといえばタモリのキャラクターもあるけどそういった刺激臭をださないようにしていたからだと言う話を前に友人から聞いた事があるけどまさにそうだと思う。
たまには焼き肉がいいけど、やっぱ毎日の食事はごはんとみそ汁(確か美味しんぼでもこんな話があったような)。
(高尚にいえば、これがマイケルサンデルの「ハーバード白熱教室」でアニメのシンプソンズ対シェイクスピアの作品という形で示されたジョン・スチュアート・ミルの高級な喜びと低級な喜びということなんだろうと思う。)
c だから、ヒトラー率いるドイツ第三帝国は一時的な大ブームに終わり、キング牧師率いる公民権運動は公民権法の制定に留まらず、ガンジーとともに人種平等のシンボルとなった(ある意味ヒトラーもそうなのかもしれないが苦笑)。
2. でも、このどちらがいいかは結局、どんな会社にしたいか、と言う事だと思う。
太く短くあとさき考えずにがんがん急成長ありきの会社でいくのか、一見地味だが、本当にお客様に喜んで頂けるモノを地道に作っていく会社にしたいのか。
自社は後者の会社でありたいと思っている。排斥よりも調和的な会社でありたい。
3. 自社の企業理念は「本物の警備を提供することで日本における警備業の在り方を変える。」
この意味は警備業というのは本来お客様の安全・安心を提供する崇高な仕事。
にも関わらず、日本の警備業を見た時、いい加減な人間が多い。
だからいい仕事も出来ず、結果として社会的な地位も低い。
だから警備の業務だけでなく、人間としての基本を磨いて社会で認められる立派な会社にしていこう。
その上で他の警備会社にいい影響を与えれば、警備業も今より高く評価され、全体としての待遇も上がり、それがさらに業界全体のモチベーションを上げ、お客様の安全・安心に貢献して、日本における警備の在り方を変えるのではないか、というものである。
というように自分なりの警備愛を吹き込んだ理念を作った。
あとはその理念がよりクリアにしていく必要がある。そんな意識で日々の業務をこなしたい。