ビルの最上階


「起きなさい、人形達。」

人形?誰のことや。第一人形ってのは、人の形と書いて人形。綿や布、陶器で出来たものなんや。人形に問いかけても、答えるわけがない。中身は空っぽなんよ?

そう思いつつ、機械音の混じる放送に耳を傾けていた。

少しずつ俺の中の理性が目を覚ましてきた。ここはどこ?

まず情報の整理をすることにしよう。

俺は厭 翠(いとう すい)、25歳の男。

仕事は女装メイド喫茶勤務、関西出身。

好きな食べ物はお好み焼きともんじゃ、嫌いなものはあんことピーマンと納豆。

身長は143cm。どう見ても成人男性には見えない。

そして俺がいるここは、、、見覚えがまるでない。

ホラー映画で出てきそうな薄暗いオフィスらしい。

画面が割られたパソコンや文字化けした資料、壊れかけたバインダーがそのへんにころがっていて、机や椅子がひっくり返っている。

壁はガラス張りで、照明はついてない。

窓の外は荒廃していて、建物は見えるけどほとんど廃墟らしい。

そんな所に、俺は倒れていた。

周りを見渡すと、ほかの人間もいる。

中学生くらいの女の子から、俺より五つくらい上の人もいる。

「お目覚めのようですね。おはようございます、お人形さんたち。私はこのビルの管理人でございます。あなたたちを連れてきたのは私です。」

ほぁ?管理人がわざわざなんだってんだ?

てか、俺ら誘拐されたのか。たしかに、こいつがほんとにただの管理人なら、とっくに警察に通報しているだろうしなぁ。

ボイスチェンジャーがかかった女の声は説明を続けた。

「ここで、あなた達は死ぬ事ができます。地獄にも行きません。苦しみもありません。このビルから出た暁には、あなた達にその権利を差し上げます。」

「何言ってるの、、、?そんな方法あるわけない、、、」

近くにいた全身ピアスのロン毛男がそう言った。こいつ、どこかで見たことあんねん。どこやっけ、、、

「皆様、安楽死というものをご存知でしょうか?」

聞いたことはある。でも、日本ではほとんどなかったような、、、。日本だと人間の安楽死は法律上違法やしな。

「我々の元には、ハセロンという薬物がございます。これは安楽死に使われる薬剤で、麻酔効果もございます。つまり、苦しまずに死ぬ事が出来るのです。しかし、タダで渡すことはできません。あなた方が生きてこのビルから出ることで、ハセロンを使う権利が与えられます。」

どっちにしろ、死ぬってことか。まぁ、楽に死ぬ権利が貰えるってだけか。なかなか美味しい話やけど、なにか裏があるな。

「しかし、ビルから出るには、無数のトラップや試練をクリアする必要があります。言わばリアル脱出ゲームです。また、クリア出来なければ、皆さんは拷問の末殺されます。」

は、、、?

女がそう言った瞬間、オフィスの倉庫の白いドアが建付け悪くも開いた。

俺と近くにいた軍服の女、ダンサーの格好をした男が近づくと、、、

「う、、、」

男は吐きそうになったのか口を抑えた。

女も息を飲む。

俺は固唾を飲んだ。

目の前にあったのは見知らぬ女の死体だった。

なぜ死体だと分かるかと言うと、その女の全身が穴だらけで血まみれだったから。

なんや、これ、、、

「彼女は数時間前、ビルからの脱出を失敗しました。そのため、アイアン・メイデンによる拷問を受けました。」

アイアン・メイデン、、、

吸血鬼伝説のモデルにもなり、700人近い処女を殺した女性殺人鬼、エリザベート・バートリーが使っていたとかいうあれか。

友人がオカルト好きだったせいか、知っている。エリザベートはハンガリーだっけかの貴族で、15で嫁ぐが夫は忙しくて姑は厳格というなんとも退屈なところで過ごしていたエリザベートはある日、下女の行動に腹を立てて刃物できりつけた。そしてその血がエリザベートについたとき、彼女は若返ったと感じたらしい。そこから、農奴や下級貴族の娘を誘拐し、アイアン・メイデンを初めとした器具で殺し、その血をバスタブに溜めて浴びていたという。

さすがにこの死体はそこまでされてはいないが、穴だらけで服装がスカートだったからやっと性別がわかったレベルだ。

このご時世でこんな大規模な殺人をするとは、犯人はどうやら本気らしい。

まぁ、死ぬのはええけど苦しむんは嫌やな。

どっちにしろここにずっとは居られへん。

「簡単な説明をさせていただきます。皆さまの手元には各々別の道具がひとつあると思います。それを使って皆様にはトラップを乗り越えてもらいます。トラップの説明はトラップの前に来てから言います。道中に死ぬ要素はありません。ひとつ言っておきますと、即死トラップはありません。そして、皆様の荷物は一部を除き、大切に保管しておりますのでご安心を。そして、一部の荷物は皆様の服のポケットに入っております。」

俺は右手をコートのポケットに突っ込むと、よく見知った何かがあった。

いつも吸っているタバコと奮発して買った立派なライターだ。

どーせ長く生きる気もない。どーせなら、享楽に満たされて死にたいね。最後の晩餐はお好み焼きともんじゃを腹いっぱいと上等のビールがあればそれでいい。そんなこと考えていると、部屋のドアが開き、奥の長い廊下が姿を見せた。

すごくざっくらばんとした説明ではあったが、とりあえずここから出なければ何も始まらない。そう思いつつも、とりあえず落ち着くために一服しようと奥の喫煙スペースらしき所に向かった。

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