小さな書店
この世界に朝は無い。
ましてや昼も夕方もない。
黄昏時すらも。
この世界にあるのは夜。
この世界は常夜の世界。
吸血鬼たちの住まう世界。
太陽が登らないオポサイドワールド。
それは人間世界の反対側に位置していた。
人間界から離された世界。
その世界の一角に、僕達は産まれた。
半永久的に生きられる翼を持った最強の生物、吸血鬼たちは太陽の刺さないこの世界で人間を憎みながら暮らしていた。
朝、と言える時間ながら外は真っ暗。
当たり前ながらも少し物足りなく感じる。
1度でいいから太陽の下で気持ちよく目覚めてみたいものだ。
「ううーーん、、、」
軽く伸びをして立ち上がる。
ここは僕、ガイラルディア・マーフェが経営する書店、「ガイラルディア書店」の2階の住居スペースだ。
眠気眼を擦りつつ、タンスからいつものワイシャツとベスト、ネクタイ、ズボンを取り出して着替える。
背中の翼のせいで着づらいが、吸血鬼の服は魔法で着られる。
人差し指を立てて指をくるりと回すとたちまち翼は透け、衣服を傷つけずに服を着れた。
もう一度指をくるりと回すと、翼は元に戻った。
そのまま部屋を出て廊下を歩く。茶色いレンガ造りの家だから靴は欠かせない。
そして洗面室へ向かう。
よく外来本では吸血鬼は水が弱点と書いてあるが、そんなことは無い。
もちろん個体差もあるが、僕達吸血鬼の体の仕組みは人とは違い、自己回復機能と魔力貯蓄器官がある。
確かに長時間の雨や入浴は毒を飲むも同義だが、それは1、2時間触れていればの話。
30分程度の入浴や顔や手を洗うなどは大抵の人間と同じで害はない。
寧ろしないと不潔だ。
そんなこんなで洗顔を済ませ、店へ降りる。
すると、まだ開店一時間前というのに人影がある。
人影はふたつ。ひとつは僕よりでかくて小さいながら翼がある。もうひとつは僕より小さくて翼は無い。
「おふたりとも、おはようございます。今日も早いですね。」
僕が挨拶すると、2人は振り返って挨拶を返した。
「おはようございます、イラルさん。」
「、、、おはよ。」
にこやかに挨拶をしてくれた翼の無い髪の長い女の子はユウキ。
少し無愛想ながらも挨拶してくれた小さな翼の背の高い狩人の男の子はシュウヤ。
双子の姉弟である。
ユウキさんは僕の書店で働いている。
シュウヤくんは僕の友人の元で狩人見習いとして頑張っている。
シュウヤくんは朝出かけるまで書店の手伝いをしてくれている。
「朝からありがとうございます。それくらいで切り上げて、朝ごはんにしましょう。」
双子は返事をすると店の奥にある台所へ来た。
吸血鬼と聞くと人の血肉を喰らいに行くのかと勘違いされがちだが、それは違う。
オポサイドワールドでは生きた人間をそのまま食らうことは禁止されている。
人間界から送られてくる生暖かい死体や血を定期的に食べる必要はあれど、普段は普通の食事をしている。
今日の朝食だって、近所のパン屋のクロワッサンと市販のハーブティー、ユウキさん作のオムレツという、ごく普通のものだ。
いただきますの合図でそれを食べ、完食して片付けようとすると、店じゃない方の玄関からノック音がする。
「おーい、イラル!」
僕は靴底をコツコツと鳴らしながら玄関まで行き、ドアを開けた。
「おや、ニリン。おはようございます。」
「おはようさん!おーい、シュウヤ!狩り行くぞ!今日東の森でラージピグが出たらしい!!アイツらは農園を荒らすから、狩ってくれとのことだ。リトアールはあらかた狩ってからするそうだ。ほれ、行くぞ。」
この明るい女性は僕の幼なじみでありシュウヤくんの師匠、ニリンだ。
ショートの翠髪にボロボロのコート、口と足には包帯、腰には短剣、背中には弓といかにも狩人という格好をしている。
ちなみにラージピグというのは魔物の名前で、人間界で言う豚のような見た目をしているお腹の大きな魔物だ。その肉は絶品だが飼育はできず、更に吸血鬼の畑や住居を荒らすため、狩人によって狩られることが多い。
リトアールというのは自然と命と食物に感謝し、狩った動物の安らかな眠りと吸血鬼たちの健康を祈る狩人たちの儀式だ。
「はい、師範。今行きます。姉様、イラルさん、行ってきますね。」
シュウヤくんは狩り道具を持ってニリンの方にかけていった。
僕とユウキさんがいってらっしゃいと言うと2人は行ってきますと返し、家を出た。
さて、僕達も開店準備をしなくては。