【小説】スイミー、ギャンブラーになる
ハスラー
広い海のどこかに、小さな魚のきょうだいたちが、楽しく暮らしていた。
みんな赤いのに、一匹だけは、からす貝よりもまっくろ。泳ぐのは、だれよりも速かった。
名前は、ハスラー。
ある日、恐ろしいマグロが、お腹を空かせて、すごい速さでミサイルみたいにつっこんできた。
一口で、マグロは、小さな赤い魚たちを、一匹残らず飲みこんだ。
逃げたのはハスラーだけ。
ハスラーは泳いだ、暗い海のそこを。こわかった。さびしかった。とてもかなしかった。
けれど、海には、素晴らしいものがいっぱいあった。面白いものを見るたびに、ハスラーは、だんだん元気を取り戻した。
そこでハスラーは気づく。
広い海の他にも、陸と言われる世界があることに。
それからの行動は速かった。
人魚が人間になった薬を使い、ハスラーは人間になり、沈没船から金銀財宝を持ち出した。
ハスラーはお金持ち。
しかしハスラーは、人間がお金を所有していることは知っていたが、お金の使い方を知らなかった。
ハスラーは聞いた。
「おじさん、お金の使い方を教えて」
ハスラーは、おじさんから素晴らしいものを教えてもらった。楽しく面白いものを。それをやるたびに、ハスラーはどんどんと熱中していった。
にじ色の魔法のようなパチンコ。
水中犬かきみたいな競馬。
見たこともない娯楽たち。見えない金でひっぱられている。
宝くじ。無秩序に乱立された数字に、一つの望みをかける。
そして、スロットにブラックジャックにルーレット。お金が増えたときの快感が忘れられない、カジノ。
ハスラーはかなりの豪運の持ち主だった。
一年で大富豪と呼ばれるまでに成長した。
だが、ハスラーは自分が人間ではないと分かっていた。
身体が、魚に戻り始めたのである。
みるみるうちに身体は縮み、水槽には一匹の黒い魚がいた。
それから、ハスラーがどこへ行ったのか不明のまま、一匹の魚のオークションが行われた。
ハスラーは自分が売られ、誰かに買われたのだと分かった。
それからのことは、覚えていない。
確か、大きな海の波が押し寄せて来たんだ。
ハスラーは幸運だった。幸運なことに、海へと戻ってきた。ハスラーは海を彷徨い、泳いだ。
そのとき、岩かげにハスラーは見つけた、ハスラーのとそっくりの、小さな魚のきょうだいたちを。
ハスラーは言った。
「出てこいよ。みんなで遊ぼう。面白いものがいっぱいだよ」
小さな赤い魚たちは、答えた。
「だめだよ。大きな魚にたべられてしまうよ」
「だけど、いつまでもそこにじっとしているわけにはいかないよ。なんとか考えなくちゃ」
ハスラーは考えた。いろいろ考えた。うんと考えた。
それから、とつぜん、ハスラーは叫んだ。
「そうだ。みんないっしょに泳ぐんだ。海でいちばん大きな魚のふりをして」
ハスラーは教えた。決して、離ればなれにならないこと。みんな、持ち場を守ること。
みんなが、一匹の大きな魚みたいに泳げるようになったとき、ハスラーは言った。
「ぼくが、ラッキーセブンになろう」
朝のつめたい水の中を、昼のかがやく光の中を、みんなは泳ぎ、大きな魚を追い出した。
引用と参考、『スイミー』