ついに転職した〜小学校の先生からUXデザイナーになるまで〜(サムネはbeignetの作品)
※個人の体験談なので若干(いやだいぶ)ポエムっぽいです。人によっては吐きそうになるかもなので読まない方がいいかも。
※サムネにはYUC'eさんとNorくんというトラックメイカー(アーティスト)によるBeignetというユニットの「Journey」という曲の歌詞を使用させていただきました( ̄人 ̄)
転職しようと思ったきっかけ
「自分の理想が高くなった」
多分これなんだと思う。
大学時代にグラフィック系のデザイン事務所でバイトをしてたしインターンでスタートアップの会社で割と新しい試みをしていたしだったけど大学は教育学部で心理学も専攻するとかいう感じだったからまあデザイナーとしての就職はしんどそうだった。
一回先生になったけど、子どもたちと生きてみてまだまだ子どもたちみたいに自分の可能性を試したいって思ったんだったな。子どもたちほんとすごいんだよ。
みたいな感じでデザインできる環境になんとか戻ったわけだけど、lT業界でプロダクト開発に携わってみて、「より多くのユーザーに使いたいと思ってもらえないと意味が無い」という考えで取り組んでたら、ふとみんなが気づかない観点とか視座でいれているかもしれないって思い始めた。要するに、自分だからこそできることってあるのかもしれないってちょっと思った。
まあそんなこんなで産業技術大学院大学で人間中心デザインを学びに行くことにしたんだけど、ここで初めてデザインには過去に学んできた教育学と心理学が活きるかもしれないと思い始めた。うっすらは感じてたけど、確信に変わってきたというか。
て感じで自分ができることをやってたら大学の同期から自分のいい所、苦手なところを受け入れてもらえて一緒に良さを活かし合おうってしてもらえた。それがすごく大きくて、自尊心自己肯定感が底辺の豆乳メンタルな私が、HCDと心理学と教育学をもってデザインしていけるかもしれないって思えた。
でもそれって一人でできなくて、いろんな職種の人といろんな視点てユーザーについて考える時間が欲しかった。だから自分が一人でできることは自分で生み出して一つづつ着実に取り組んだ。で、ここの実際の体験ちょっと教えてくださいみたいな感じで周りを巻き込んでいってた。開発チームにもみんなで設計しようよって取り組んで、その時間を捻出するために、自分で要件固めるところはめっちゃシビアなタイテでこなした。
って限られたリソースの中で色々やってたけどいよいよ「もっとみんなでユーザーと向き合う時間が欲しい」という思いが強くなって、ラスボスにお願いしに行ったんだよな。そこで見事玉砕してさ、もう私がこの環境でできることって無くなっちゃったなって思ったんだよ。
転職という手段の位置づけについて
そこで自分の理想と現実とのギャップに絶望して、毎日灰色の世界で生きたんだ。やった方がいいことはこんなにたくさんあるのにできない。そのジレンマがどんどん私の心を腐らせていって。あんなに楽しかった仕事が楽しくなくなっちゃって。
そこで初めて転職しようかなって思い始めた。最初はここまで積み上げたものとか、まだまだやるべきことがあるのにここで諦めていいんだろうかってすごく悩んだ。でも、自分が成長していく過程でいつかはもうこれ以上できないって見切りをつけるフェーズが現れるし、見切りを付けずにダラダラ「あと少しできるかも」とか思ってとどまり続けることが成長の妨げになるということはサッカーを10年続けてようやく辞めたって経験から学んでたしそれを振り返ったりした。
そんなこんなで、私はこの辛い状況から逃げるんじゃなくてもっと先に進みたいから転職しようって決めたんだ。
そう言えば自分が本当にやりたいことってなんだっけ
次の成長に向けて考えることがこれだった。今までいろんな制約(生きてきた道とか環境とか)がある中で最良(無難)な選択をするって人生しか歩めてこなかった自分にとって、大学生のインターンの時みたいな感覚で一日の8時間を使える仕事を選べるだなんて思いもしてなかったから。正直すごく悩んだ。
そこで、今までの人生の中で一番ワクワクしてた時期に興味を持っていたものについて振り返った。それがセカイカメラなんだよなあ〜…エモ。
セカイカメラ自体にワクワクしたというよりは、先端技術と音楽が合わさることでの未来感にワクワクしてて。今は活動休止(longvacation中)中のSweetVacationというユニットの「ラブカメラ」という曲がきっかけだったんだけど。その「未来感」を感じられるものに自分は取り組んでいきたいのかもしれないって思い返したんだよな。
UXDするときの自分のモチベってなんだろう
その「未来感」に取り組むにあたって、いくつかの会社さんを見せてもらったんだけどどこも確かに未来感はあって、未来感がある中で自分が力を発揮できるものってどんなものなんだろうって改めて考え直した。
ここで感じたのは「自分にとって未来感を感じる事業、技術、体験デザイン」であることが条件になるのかもしれないなって。
なんとなくHCDとか教育学とか心理学ベースで生きてきたから使ってもらえるであろう人をベースで考えてたけど、自分がワクワクできるものって、自分自身が体験してもワクワクできるものなのかなって思い始めた。
体験をデザインする上でモチベになるのは「自分もワクワクできる」なのかなって。
転職先で1週間過ごしてみての感想
まだ応募フォームもない段階で私が無理やり面談という機会をこじ開けたのだけど、その思いが相手には刺さってくれたみたいで。
このプロダクト、サービスを見た時に自分が普段考えていること、ワクワクしていることと似た思想でかつ先端技術を使っているというこの感じにビビってきて。未だかつて無い高まりを感じたんだよね。(ちょっと情緒的だけどここだけ許して笑)
実際に会ってみたら、自分が思う課題感と相手が抱いている課題感がマッチして、つくっていく上で何を重要視しているかってのもマッチして、よし、一緒にやりましょうって言ってくれたんだよな。
自分がこうだったらいいとかこうしたいとか思ってることがマッチすることってあるんだなあって。同じような視座で話せる人がいたんだって。その人たちが私を見てくれるんだって、すごく嬉しかったんだ。
そんな人たちだからかな、私がいいなって思ったことについて積極的に話を聞いてくれるし、現状とのすり合わせをより良い方向に持っていくよう建設的に話しができるし。なによりUXDの知見がなくても私が伝えようとすることを理解しようとしてくれてるんだよな。すごいよ。奇跡だよ。相手への歩み寄りができる人たちなんだよな。
こんな人達とならユーザーへよりよい体験価値を提案していけるんじゃないかって思った。
まあ業務に取り組む中でいろいろと課題は見えてきて、あれもこれも自分がやんなきゃって悪い癖が出かけたんだけど、話を聞いて「大丈夫だから、まずは目の前のこれを確実にやろう。終わってからまた少しずつ良くしてこう」って言ってくれる人がそばにいてくれて。
ああ、なんて幸せなんだろうってしみじみ思った。
今後のあゆみについて
きっと今後もいろんな成長痛があるだろうなと思うけど、都度「今の全体像を俯瞰して今やるべき事を見極める」「チームでどう解決していけるか」「自分にできることは何か」ということを考えながら進んでいきたい。
要するに、やっぱ大事なのはチーム、これなんすわ。
べつに成長とかどうでもいいじゃんて思いたい。だってしんどい。毎日ぬるま湯に浸かってぐーたらしてたい。でも、ぬるま湯に一瞬でも浸かった瞬間、自分の心が死ぬって実感した転機だったな。
ああ、早く不労所得得て杏ちゃんとぐーたらライフを過ごしたいなあ〜、そのために頑張るんじゃ。
おしまい