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喪失

美味しくないタバコ

タイに着任して、私の最初の仕事は『記念式典の運営』だった。
私の会社は今年で設立10周年を迎える。
この式典を記念してグループの拠点の長が国内外から20人ほどタイに入国する。日本だけでなく、中国とベトナムからも。
彼らのスケジュール、配車、食事、ホテル。
式典会場での進行、余興。全て私の管轄であった。

10周年は大成功だった。

会長を含む多くの拠点長から、お褒めの言葉をいただいた。
「素晴らしい式典だった。」
「君がいなければこんなに楽しい出張になはらなかった」
「最初は乗り気じゃなかったが、スムーズで行き届いたアテンドでとても楽しめた。」

嬉しかった。

私の力が、行動が、誰かの喜びにつながった。
大変な仕事だったが、全力でやってよかった。

式典が終わるとすぐに次のオーダーが来た。
タイの拠点責任者Pが私を呼び出す。
『来週、取引先との会食がある。そのレストランを予約しろ。』

お安い御用だ。
週末に指定のレストランに行って、下見を済ます。
店員達と一通り仲良くなってLINEを交換する。

座席やメニューに関しても味まで細かく指示して完璧に用意する。
急な時間・メニューの変更も対応可能だ。
店内の間取りやWIFI・電源の有無はもちろん。
二次会を想定して周辺のお店も二軒ほど調査した。

とてもいいお店だ

会食の当日、Pに呼び出された。
「おい、今日の会食だけど、あそこ屋外だったよな」
来た。雨や暑さへの対応も済ませている
「はい。おっしゃる通りです。すでに、雨の場合は開閉式テントを用意するよう準備しております。また、この猛暑に対しましては一人一台扇風機を用意させ、屋外の良さを損なわない形で快適におすごしいただけるようご用意させていただいております。」

上司は少し考えて一言

「店を変えるわ」

これも問題ない。キャンセルの可能性も既に店員のみんなには伝えてある。

「かしこまりました。それでは変更後のお店のご希望がございましたら、お伺いいたします。」

「『モリヒラ』なんだけど。予約できてる?」
「申し訳ございません。まだ予約できておりませんので早急に手配いたします」

するとため息と共に

「ハーーーーーー。いいよ。もう俺がやる。」

これはしくじった。事前に一次会が屋内になることを想定して、日本食店を予約しておくべきだった。

「申し訳ございません。」

会食は急な変更にも変わらず成功に終わった。
取引先様は大層お楽しみで、ホテルに戻られた。

ここから、私の直属の上司Aを含むPと3人で近くのパブで反省会を行う。
一通りFBを受け、自身の本日の立ち回りを見返す。
以降同じミスが起こらないよう徹底する。

Pのグラスが減ってきたので声をかける。
「何か飲まれますか?」
Pはハエを払うように手を振る。
「いやもういい。」

「かしこまりました。」
私は店員をよんで会計を済まそうとした。
ここで会計を済ませれば二人がスムーズに店を後にできる。

するとPは血相を変えた。
「おい、俺はまだ飲んでんだよ!テメ!なにチェックしようとしてんだ!」

これは申し訳ないことをした。
楽しい飲みの席を邪魔されたら誰だって腹が立つ。

「もういいよ。お前帰れ!」
「申し訳ございません。
ぜひ只今の反省も含めて一杯だけお付き合いいただけませんか?」

Pはもうブチギレている。
「うるせ!帰れ!!」
「・・・。かしこまりました。それでは本日は失礼いたします・・・。」

アソークのBTSまで歩く。
とても疲れた。
道がわからなくなった。

そこらへんに座ってタバコを吸う。
Aに退職のメールをうつ。
返信はない。

電話が鳴った。

花と花瓶

タイに入国して、すぐ素敵な出会いがあった。ホテルのプールで泳いで遊んでいた彼女があまりにも可愛いかったので声をかけずにいられなかった。

ソンクランでBKKに遊びにきていた彼女は遠くに住んでいた。
とても仲良くなった私たちは週末に時間を見つけて会うことにしていた。

彼女は週末ごとにおすすめの場所に私を連れて行ってくれた。
とても楽しかった。フラワーマットに行ったことがあるが、あんなに美しい光景にはもう一生出会わないかもしれない。一緒に花と花瓶を買って部屋に飾った。

フラワーマーケットの空

仕事がどんなに過酷でも、週末に彼女に会えると思えば頑張れた。

電話は彼女からだった。先週末は10周年式典で会えなかったので心配していたのだ。連絡ができていなくて申し訳なかった。

「なんで、LINEくれないの?」

本当に申し訳なかった。
私は元々女性とたくさんLINEしない方なので、意識してtextを送っていた。
それでも私の簡単なtextでは満足できなかったようだ。

「あなたがちゃんとLINEを送ってくれないと、私は心配で寂しくなってしまう。だから、もう別れましょう。」

待ってくれよ。

「日本の男性はLINEしないって言ってたけどほんとは、浮気してるだけじゃない?」

そんな・・・。

そんな・・・。

「もう、別れることにしたの。また何かあったら電話ちょうだい。」

・・・・・・。
・・・・・。

タバコが全然美味しくない。
涙が出てきた。

だめだ。こんなところで負けてはいけない。
このタイで私は頑張ると決めたのだ。

頑張る。頑張る。がんば・・・・。


こうして私は一夜にして職と彼女の両方を無くした。
さて、どうしようか。













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