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宮本から君へ/真利子哲也


印象的なのは赤。金魚の赤、血の赤、薔薇の赤。赤は生と死の象徴のようだった。宮本が流す血は一滴残らずどれも靖子のためのもの。あますことなく。それを靖子が望んでいなくとも、彼は靖子を想って血を流す。
宮本の実直というか、曲がる事を知らない真っ直ぐさはきっと靖子の言う通り自分の満足のためだったのだろうと思う。「この女は俺が守る」という妙に演技じみた言葉も、きっと。だけどその一見独りよがりの真っ直ぐさはどんな時も曲がらず、不安定で側から見れば面倒くさいかもしれない靖子の心を真っ直ぐに支えていたのだと思う。

どちらかといえば不幸に身を置いていた靖子は「中野靖子は特別だ。」という宮本の言葉を信じたかった。信じて救われたかった。けれど、特別だ、俺が守るという宮本の言葉を、そして信じてしまった靖子の心を現実はいとも容易く踏みにじっていく。
レイプされたことで、特別(という言葉は適切ではないけれどあえて使わせてもらう)になってしまった靖子。守ってももらえず、けれどお腹には命があって。それなら、自分が強くならなきゃいけない。自分で自分を守らなきゃ。特別でも、誰も守ってくれないから。
でも、だけど、お腹の命と同じように自分だって生きている。生きてるから悔しいし怖いし腹が立つし、そしてやっぱりまだ誰かの言葉を信じてみたくなってしまう。愚かかもしれないけれど、信じたくなる、愛したくなる。過去の幸せを感じた瞬間に縋りたくなる。憎しみだとか悔しさだとかマイナスな感情であろうと靖子を「生」に向わせていたのは間違いなく宮本だ。宮本の決して格好いいとは言い切れない姿が、彼女を幸福にも不幸にもしていく。なぜなら、二人とも生きているから。ありふれた、でも確かな幸せを見せてくれたかと思うと不幸せのパンチを喰らう。だけど、どれだけ不幸せな事があろうと、宮本と靖子は「生」にしがみつく。セックスをして性欲を満たし、食欲を満たし、そして眠る。生きていくのだ。どれだけ辛いことがあろうと、血反吐を吐こうと、生きていかなきゃいけなかった。そんな、地べたを這いずり回るような汚い生き様が美しく強く見えて。

もしも宮本が靖子のために戦っていたら、レイプされた靖子の敵討ちのための戦いだったら靖子は宮本を許さなかったと思う。どこまでも自分本位に行動する宮本だったから、靖子は自分を特別だけど特別ではないのだと、生きていいのだと、自分も自分や子供のために生きていいのだと、息をすることができた。こんな、血だらけでボロボロな人が「俺の人生薔薇色だからよぉ」って、笑うんだから。

最後の、靖子とまだ見ぬ子供の未来を願って自分はもう良いから俺の命を使ってくれと言う宮本に、最後まで自分勝手で真っ直ぐで、馬鹿だなあと思った。馬鹿だよ。だから靖子の手を離さないでね。私たち、生きてる限りずっと命がけの戦いだよね。自分が自分として生きるための、命がけの戦い。誰にも邪魔させない。勝手だろうとなんだろうと、それに負けてしまったら私たちは立っていられないから。

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