SexyZone最後の日までの書きおき 1/8〜1/13
1/8の19時。SexyZoneの名前での活動は3/31までとなること、そして4/1からの新グループ名での活動には健人くんは参加せず、グループから抜けてソロで活動するという発表があった。
言葉にならない嘆息が並ぶTLから、何か事務所関係の悪いニュースがあったのかとは思ったけど最初はまさかそれが自軍のことだとは思わず、だけど明らかに増えていくツイート数に覚悟ができないまま焦ってメールフォルダを開き、そのお知らせを、文章を、動画を見た。
足元が崩れる感覚ってこういうことなんだな。マリウス卒業のお知らせの時とは全く違った。知らない顔をしたメンバーと何一つ入ってこない内容の動画を見たあと立ち上がる気力がわかなくて、スマホを見て、棚に並べられたライブ円盤の背を見つめて、ゆっくり周りを見渡して、を座り込んだまま繰り返して気づけば2時間経っていた。
担降り、という言葉が初めてよぎった。わたしにはどうしても健人くんが抜けた3人だけで歌って踊ってお喋りしている姿が想像できなかった。そしてそれはイコール、私自身の未来が見えなくなったということだった。家が物で溢れて狭いからグッズをたくさん置いても余裕がある広い家を買いたい、ライブに行きやすいように家は東京駅に近いところがいい、そのためにはあと2年でこれくらいお金を貯めたい、その間にSexyZoneはどんどん新しい仕事をして売れて私の毎日はもっと楽しくなる。そんな思い描いていたライフプランが全部白紙に戻った。勝手に他人を人生の拠り所にするんじゃなかった。何もかもが悪い夢な気がした。無性に目の前のテーブルをベランダから落としたくなる衝動に駆られて、ちゃぶ台を返すってこういう気持ちから生まれた言葉なのかな、癇癪を起こした結果の行動ではなくて澄まし顔で平衡を保っているものをひっくり返せばこの世界ごと変わってくれるかもという切実さによって出来た言葉なんだろうなとぼんやり思った。いつも大好きで助けられてきたその力強い表情と声で真っ直ぐ未来への展望を語る健人くんが全然受け入れられなくて、人の門出を悪い夢であってくれと願う自分が嫌だった。SexyZoneを好きになったことを後悔したのは初めてだった。
1/9
浅い睡眠を繰り返してほとんど寝た気がしなかった。どうにも1人でいられなくて、年末の東京ドーム最終日に一緒に入った友人と夜に会うことにした。グループ名が変わってからも一緒にライブに行こうねと、そう約束して年末に別れた健人担の友人とこんなに早く会うことになるとは思わなかった。互いにぽつぽつと受け入れられない心情を吐露しあいながら肉を食べた。こんな時でも自分はお腹が空くし美味しいものを美味しいと感じられる人間だということが無性に虚しかった。
SexyZoneの話している言葉がわからないからこんなに動揺しているんだ、というのがわたしと彼女の一致の思いだった。マリウスの卒業のときも、グループ名変更の検討をしているときも、いついかなるときもSexyZoneは言葉を尽くして私たちに彼ら自身の考えと想いを伝えようとしてくれたし、私たちはそこに前向きな彼らの未来を想像することができて、寂しいけどそうするのが一番いいね、と納得してこれた。それが、今回は妙に歯切れの悪いオブラートで何重にも包まれた言葉しか出てこない。私たちはSexyZoneの「伝える力」というものを何よりも信じていたから、なんだかそれが本当にショックだった。
友人が「この間のライブで、ドームの花道に電飾のレッドカーペットが敷かれて、そこを4人が真っ直ぐ歩いてくる演出がとても好きだった。いつか本物のレッドカーペットを彼らが歩くところを想像できたから。だけど健人くんはあのレッドカーペットを4人の最終地点として歩いてたんだな」と言っていて泣いてしまった。こうやってパタリパタリとカードをめくるように大切なドームの思い出に知らなかった別の意味を見つけて上塗りされていくことがやるせなかった。私たちはお金を払ってその対価としてコンテンツを享受している。だけど、そのほかに「応援」というものを支払って「こうあってほしいSexyZone」みたいなものを受け取るのが当然のような気になってしまっていた。「応援」なんて形ないもの、支払っているなんて思うのがまず間違っていることなのに。彼らは彼らの人生を歩んでいるだけで、そこを「応援してるのにどうして」なんて思うのは全くの筋違いなのだから。
健人くん主演のドラマスタート日だったけど全く見る気持ちになれなくて、だけど主題歌の新曲を人質に取られてるよね…ということで、カラオケに行ってiPadでドラマを見た。友人はセリフ一つ一つを今の状況と重ね合わせてしまったようでドラマを見終わったあと静かに泣いていた。
家に帰って、レギュラーのラジオを聴いた。健人くんの担当回で、グループを抜けることについて話してくれたけどやっぱりよくわからなかった。「発展的な未来のために」「発展的な決断をした」とか、「発展的」ってどんな未来を思い描いて言っているのか、何がどうダメで何をどうしたいから抜けるのか、オブラートに包まなくていいから全部教えてほしいと思った。傷ついてもいいから「寂しいけどそれが1番いいね」と言えるとっかかりが欲しかった。健人くんが「みんなで決めた」というたびに、健人くん以外の3人の口からも「みんなで決めた」という言葉が聞ければいいなと思った。
1/10
会社の勝利担の先輩と飲みに行った。健人くんに対して理解ができない、もう興味を持てないかもしれない、と言う先輩に悲しくなってしまって、「でも」とか「そうかもしれないですけど」とかを繰り返す中で、「健人くんは今までグループの先頭を切って走ってくれていて、やっぱり健人くんだけ世間の認知が高かったり会場で青のペンライトが圧倒数を占めていた時期もあった。そんな時期から今は風磨くんを筆頭に個々の世間認知度も高くなってきて、各々が目指していく方向性が定まった。3人がそれまで健人くんがいたフェーズにのし上がることができて、だから同じタイミングで健人くんはもうひとつ上のフェーズに行ったんだ。もうSexyZoneはそれぞれに預けられると判断したから」と喋りながら自分の説明が妙に腑に落ちた。
1/11
朝から去年のドームライブを思い出し、わたしは健人くんのあまりに真っ直ぐで感傷のない表情と言葉に勝手に置いて行かれた気持ちになってしまっていたけど、ちゃんと思い返してみると、年末のドームで健人くんはしっかりグループから離れることを惜しんでいたなと気づいた。「SexyZoneという名前が好きだった」と言って、メンバー1人1人の名前を呼んで泣いて、RUNの背中合わせの時に風磨くんに寄りかかったままずっと離れなかったのもそうで、きっとあれは唯一無二のシンメにグループを託していたんだろう。自分でそう解釈できて、あの発表以来初めて健人くんに対して「頑張れ」と素直に思えた。あとは3人のグループを信じて、不安とか寂しさとかを飲み込むだけだ。
そして9日に開設した風磨くん、勝利くん、聡くんの個人インスタは、最初は「個人インスタか…グループよりも個人を優先することにしたのかな…」とやや寂しい気持ちになったりもしていたけど、風磨くんのうるさくて愉快なストーリーとメンバーへの絡み、それに対するメンバーからの返信とかを見て一気に元気になった。ライブにできる限り行ってたのもレギュラー番組が欲しいと言い続けたのももう全部これ!メンバー同士の絡みが見たかったに尽きるの!ていうか今やれるなら前からやってよ!と思わなくもないけど、最後だから言える言葉や外せる箍っていうものはあるからしょうがないね。それまでずっとスタイリッシュお洒落インスタを貫いていた健人くんのストーリーが、風磨くんに感化されたのかめちゃくちゃTwitterみたくなってたのも嬉しかったし、こんな健人くんを風磨くんの他に誰が引き出せるんだよ…と切なくなったりもした。
1/12
職場の新年会で堂本剛くんの結婚の話題が出た時に先輩の「別に結婚が嫌とかじゃなくて、ファンは光一くんとずっと2人、ずっと一緒が良かっただけなんですよ」という言葉にSexyZoneおよび風磨くんと健人くんを思い出して、本当に一緒が良かっただけなんだよな〜と突然泣いて辺りを困惑させてしまった。躁鬱がひどい。
1/13
健人くんの発言を辿るたびに何年後かに合流する未来を見据えてるんじゃ…?!発展的ってそういうことじゃ…?!と結構本気で思いそうになるんだけど、それは現状を受け入れるのが無理な自分の防衛本能、そういう期待をすると未来の自分が勝手に傷つくからやめなよ、と冷静にもう1人の自分が諭してくる。
わたしは聡くんとマリウスの弟シンメ、健人くんと風磨くんの兄シンメ、そしてセンターに立つ真ん中っ子の勝利くんというバランスが何より好きだったから、マリウスが卒業したときもあの美しいバランスがもう見られなくなることが本当につらかったし、今回健人くんが抜けることでかつてのバランスが跡形もなくなってしまった気がしていっそうつらい。3人で立っているところを見たらその瞬間に大号泣してしまうかも…と4月からの自分がかなり不安だ。この世の全てのシンメ、永遠なんてないけど永遠を信じていたかったね。互いといるときにしか出ない表情があるってこと、風磨くんと健人くんはわかってるのかな。わかってるんだろうな、「ふまけん」に対する自意識が誰よりも強い2人だし。
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