女神に出会い、その手に触れる
<前回までのあらすじ>
アイドル小説家に道を照らされ、本当に作家となってしまったぼく。感謝を伝える機会を探し、本人登場のリアルイベントへの招待という特典目当てにスマホゲームのランキングを制覇し、夏のツアーにも祝花を送る。そして過ぎゆく季節に『令和小説大賞』の締め切りが刻一刻と迫る……!
※一連の記事は下記マガジンに束ねています。https://note.com/sionic4029/m/mae74d1eb6131
異常気象の秋
2019年9月、大型の台風が首都圏を蹂躙した。各地がダメージを受け、これまで見たことのないような被害映像がテレビやネットに溢れた。千葉県南房総市、かの地はかずみんの出身地であり彼女は観光大使も務めている。動画配信「SHOW ROOM」でも、心なしか被災地の状況に憔悴しているように見えた。
こういう時、どうしたらいいんだろう。南房総市に「ふるさと納税」を利用した支援の仕組みで寄付をした。普段は「都へ納められるはずの税が都外へ流出してしまう!」とふるさと納税のシステムには異を唱えているが、それはそれ、これはこれ。不満のあるシステムだろうが使えるときは使うしかない。
令和小説大賞、応募完了
そして9月30日、すなわち『令和小説大賞』の締め切り日。滑り込みで応募した小説は『きみに恋の夢を見せたら起きるよ』。最終選考に残ることかなわず、スライドして『新潮文庫×LINEノベル 青春小説大賞』に応募。
※「susan(すーざん)さん」に小説の雰囲気そのままの素敵な表紙絵を描いていただきました。この絵に負けないように加筆修正など気のすむまでしていきたいと思います。
深まる季節に
キンモクセイの香りが街に漂うのも例年より遅い気がしたけれど、その感覚でやっと秋らしさが感じられるようになった頃。
件のスマホゲームの特典である『乃木恋 リアルイベント』が開催された。参加者は皆、かずみんと「レポ禁」の約束をしたのでイベントの内容をブログやTwitterには書かずに胸の内にだけしっかり仕舞っておいてある。
これは、言うなればぼくが女神と交わした最初の約束である(おおげさ)。
そして、その後日に『乃木坂46 全国握手会』があった。
実は乃木坂46の握手会に参加するのは初めてだった。AKB48のも参加したことがない。すなわち、これだけ有名な「アイドルグループの握手会」というものについて、まったく勝手がわからない。
ファンによるレポートなど読んでみようと検索したところでさらに混乱した。限定版CDについてくる握手券1枚につき1回握手ができるということなのだが、その1回というのが「1秒」なのか「数秒」なのか、それが「1枚につき」なのか「複数枚を一気に消費」なのか、諸説あってさっぱりわからないのだ。
「ま、10枚くらいあればいいだろ。1枚1秒でも10秒だし、10回に分けられたらそれはそれで10回だ」ビバどんぶり勘定。そんなわけで、近所のCDショップに残っていた限定版を追加で購入し11枚の握手券を手に入れた。準備は万端だ。
会場である幕張メッセのホールは、とんでもない数の人で埋め尽くされていた。握手券の使い途にもいくらかあって、ミニライブの入場に充てたり、ポスターと引き換えたりもできる。
目移りしそうになったが、とにもかくにも握手列を目指すことにした。他のことをした場合に握手列に戻れるのかがわからなかったからだ。慣れなければ最適解をいきなり出すのは難しい。スマホゲームの攻略もそうだった。
並んでいる最中に、言いたいことをまとめてiPhoneのメモアプリに書いておくことにした。後で知ったのだが、イベント会場でファンレターを受け付けている場合は話しきれなかったときのために手紙を書いておき、握手するときに「ファンレター書いてきましたので読んでください!」と言うのがよいらしい。少しのことにも、先達はあらまほしきことなり。
列には二段階あって、メンバー別の列に分かれる前にそれはそれは長い列がある。こちらでまず1時間ほど並び、中へ入って荷物検査を受ける。メンバー別の列に辿り着き、かずみんのいる列に20分くらい並んだだろうか。握手を終えて戻ってくるファンの人に声をかけられた。
「あの、昨日の乃木恋イベントで最前列にいた人ですよね?」
うぇええええ!? いえ、まあ、そうですけど、そうに違いないですけど…… 唐突な出来事に状況が把握できない。仕方ないので「ええ、まあ、どうも」と答えたら「きっとそうだと思ったんだー! 昨日の、優勝ですよ、優勝!」とその人は言ってくれた。イベント内容は約束により書けないし、何かの競技があったわけではないのだが、優勝と言ってもらえて、ちょっと嬉しかった。そうですおれがTO(トップオタ)です。鼻息。
こんなことで天狗になっては本物のTOに怒られると思うので謙虚に生きていきたいと思います。
そんなこともあって、徐々に順番が迫ってきた。カバンを預け、握手券を係の人に渡す。1回につき1枚だった。これも後で知ったのだが、場合によっては終了間際などに何度も並び直さなくてよいように複数枚出せるようになることもあるらしい。今回のがそうだったのかはわからない。
初めてなので前の人たちの挙動を観察する。「手を握ってお話する」だけだけれども、ブースを出て行くときに振り返りながらもとにかくがんばってたくさんお話する、という感じのようだった。
いよいよだ。前の人を見送って振り返ってくれたかずみん。ぼくはベルトコンベアーに載せられた何かのように(自分の脚で歩いてるんだけど)とにかく言えるだけ言おうと試みた。
1回目
ぼく「昨日は乃木恋ありがとうございました。今日はお礼を言いに来て、春に作家デビューしたんです」
かずみん「わー、おめでとうー!すごーい!」
言えた。正味、2秒。2秒あれば結構話せる。話せるぞ……ッ!
そして2周目。並んでいる人たちの会話から「ループ」という言葉を耳にする。そうか、同じメンバーの列に何度も並び直すことをループというのか。勉強になる。次のループで言わなければならないのは、感謝につながる経緯。いわば「照らされし者の歴史」である。
2回目
ぼく「写真集のお渡し会でもらった本のサインにあたりって書いてあって」
かずみん「わー、それすっごいレア!」
ぼく「それで運命が変わったんだッ!」
※ 本当は「変わったんです」と言いたかった。
この一連のブログ記事をお読みの方はご存じの内容ではあるが、かずみんに伝えるのは初めてだ。だが2秒はなかなかシビアで、ですます調は冗長になる。なーにが「運命が変わったんだッ!」だよ。まあ変わったって思ってるから事実なんだけれども。痛い、あまりに痛々しい……。
そして先程のファンの人に再びすれ違い、つまり彼もループしているということなのだが、「これ、あげます」と会場でチャリティー販売していた「ビワカレーパン」を頂いた。かずみんが被災地支援のために発案した臨時販売のものだ。ファンの輪、尊い……。
3回目
(前の人が長い)
ぼく「それで…」
係員「はい、終わりでーす」
(係員さんに背中をさするような感じで促される)
かずみん「それで!?続き気になるー」
何度ループしても係員に捌かれてしまう……。これぞシュタインズ・ゲートの選択だというのか!?
4回目
ぼく「それで、乃木恋で1位になって、神宮で水色の花を贈って」
かずみん「あー!あれ!」
(係員が流すかのような感じで人々を送るムーブをしている)
ぼく「もう一度きます!」
神宮で送った祝花のことを認識してくれていた……。たくさん祝花は届いているわけだし、有名人の中に紛れて言ってみれば「誰だコレ」という状況だったにも関わらず覚えていてくれた。これを大願成就と言わずして何と呼ぼう。
ここまでくると、自分、本当に「文脈」が長くて面倒くさい性格なんだと思えてきた。思えてきたがまだ感謝の言葉を伝えられていない。たぶん他のファンはループを何十回もやる人がいるだろうから、4回くらいで自重するのは行儀が良すぎる。いや、行儀はよくしとけよ。
5回目
「なので、道を照らしてくれてありがとうございます」
「全然、全然全然、おめでとうございます!」
(思わず拝みながらブースを出る)
やっとこれで、正しい世界線へと繋がった。思い返してみると握手会なのに何度か手を握り忘れた気がする。
それから物販ブースへ行き、次に残った握手券をランダムのポスターに換え、さらに交換コーナーで他のファンの人が持っていたかずみんのポスターに換えてもらった。
なるほど。ランダムで推しではないメンバーのがもらえたとしても無駄にならない、便利なシステムだ。
その日のかずみんの姿がオフィシャルに写真がアップされていたので、公式Twitterへのリンクを貼っておく。ありがとうnoteのサムネイル機能。リンク先が写真つきで表示されるおかげで、写真無断転載野郎にならなくて済む。
未曾有の台風災害のあった秋。ステージやテレビへの出演だけでなく、復興支援や災害地への慰問という多忙でハードな状況の中、この笑顔である。これを女神と呼ばずして何と呼ぼう。
Next...
※この物語はフィクションです。