ファッション【ありのまんまでいいじゃないvol.21】
最初に言おう。
これは誰かを否定する言葉ではない。
最近の世の中を見て思うことを書いていこう。
最近カルチャーがファッション化しているように感じる。
それとも昔からなのだろうか?
洋服というものに関心がない期間が長かったせいで僕は最近気が付いたんだ。
自分への印象付けのために服や好きなもの、言葉を選ぶようになっている。
白い服を着て黒いジャケットを着れば真面目そうに思われるし、文字の入ったTシャツにベージュのシャカシャカして上着を着ればラフな印象を持ってもらうことが出来る。
つまりファッションっていうのは人にこう思ってもらいたいとか、こういう印象を与えたいという時にめちゃくちゃ意義があるものなんだ。
好きな服がある人っていうのも、その格好に近い格好をしている人に憧れていたり、ブランドに惚れ込んでいたりと理由は様々だけど印象という枠にハマっている人の方が多い。
こんなことに気づくのに27年もかかってしまった(もう少し早く気付けた気がする笑)
だから最近はそういうのを意識して服装や見た目を作っている。元々興味がない領域だからこのくらい意味が見えてこないとやる気が出ない。
当然見た目気にし初めて2年生くらいなので、たくさん失敗はするが最近はそこらへんの試行錯誤をしている。
そんなことに気付いてから見えてきたものがある。カルチャーやアートもこのように扱っている人が多いということだ。
この間美術館に行った時に日本人の多くは写真を撮ると次の場所にすぐ行ってまた写真を撮るっていう行動を繰り返していた。
きっとInstagramとかに載せる目的なのだろう。Instagramの投稿欄もある種ファッションに近い部分だ。写真が載っているだけでアートは理解があるかのような、アートが好きなような印象を与えることが出来る。
バンドマンの多くはライブハウスという場所にしがみつくような印象が増えた気がする。
ずっとここにいよう!みたいな?
傷の舐め合いみたいな内容。
「死にたいよな?」「分かるよ!」
みたいなのが共感の種類。
悲しい自分を表現している。
そして浮気がエモいとか、ワンナイトがエモいみたいな風潮もあるよね。
エロいとエモいって僕の知らない間に入れ替わったのかな?
エロい人達がエモいって言葉をタテにして正当性を要求している感覚。
浮気やワンナイトさえも自己表現になってきているみたい。
トゲがあるように聴こえたら申し訳ないのだが、それはそれでいいのだろう。
それで実際に売れてる人達がいるわけだしね、多くの人達がステキだと思っているのだろう。
しかしそれはアートなのだろうか?
カルチャーと呼べるのだろうか?
アートやカルチャーっていうのは、もっと思想が滲み出ていて、人が考えさせられたり感動してしまうものではなかったのだろうか?
そんなシーンに僕は違和感を覚えている。
ファッションみたいなものじゃなくて僕は生地から服を作りたい。
ありきたりなものから抜け出すことは難しいけど、まだ誰も見ていない道を行きたい。
会場でっかくしていくことだったり、同じ場所に固執し続けることはたくさん観てきた。
イージーコンテンツやファッショニズムな考え方は僕達を幸せにしたか?
この先幸せにするのか?
そんなことを考えてしまっていてもしょうがないから、今日も僕は歌を口ずさんでギターを弾くのだ。
言葉だけじゃなくこのシーンへの問題提起も、目の前のあなたと分かち合う音楽や活動、生き方を通じて啓蒙していく。
今日の発信が身の程に追いつくように生きていくのだ。