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人を殺すことば。ヘイトと闘った桜本のオモニ①
今回の読書記録は、思うところがあって少し長くなるので2部構成ぐらいをイメージして書きました。ぜひお読みください。
川崎に引っ越してきて三年が過ぎた。
妻の実家があること以外は、「治安があまりよくない」、「工業地帯」ぐらいのイメージで、川崎に対して特に思い入れはなかった。
そんな川崎へ、仕事の関係で妻の実家の近くへ引っ越すことになり、物件の下見を始めた。
いくつか回るうちに、「ここはコリアンタウンなんです」とか「ここの焼肉屋が旨いんです」と不動産の営業マンから度々言われる。
へ〜川崎って韓国の人たちが多いんだな〜。引っ越したら食べに行ってみようかなとその時は単純に思った。
無事に住む家が決まって、川崎での暮らしにも慣れた頃、駅前で並んで本を読んでいる人たちがいることに気づいた。
その人たちが掲げる看板にある「ヘイトスピーチ」の文字がちらっと目に入る。
あぁ、そういうことを掲げて活動している人たちなのね、いい活動だな。と人権問題に関心はあったが、それ以上気にとめることはなく、その日は足早に駅に向かった。
別の日、スプレーで描かれたグラフィティアートやボムされたステッカーがやたらと市内に貼ってあることに気づく。
中でも僕が気になったのは、
「END RACISM」のステッカーだ。(この後、山田丸というアーティストが川崎をメインに活動していることを知るがそれはまた別の話)
僕の通勤経路にある壁や街灯のそこかしこに貼ってあり、近所の大通りから最寄のスーパーへの道でも、数メートルごとに標識などに貼られている。
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川崎はヒップホップグループで有名なBAD HOPを輩出しているし、そのやんちゃな気質から、そうした反骨精神みたいな反体制的なことを掲げるアートもあるのだろうぐらいに思って、僕はスーパーへ自転車を走らせた。
そしてある日、川崎駅に向かうと駅前がとんでもなく騒がしい。駅前で警察官が大勢いる中、2つのグループが揉めているようだった。それはヘイトデモをする人たちとそれに反対する集団が双方にメガホンで言い争っている、人生で初めて見る壮絶な光景。
横目に見つつも、とにかく怖いので早々にその場を去る。
それにしてもなぜ川崎のこんな駅前で?
やっぱり人が多いからその分主張して注目を集める必要があるのかな?
というかすかな疑問が頭をよぎる。
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そんな折、普段から同じく人権問題に関心をもつ妻から何となしに「桜本」の話題が出た。
妻から聞くに、桜本はもともと韓国をルーツとした人たちが多く住むコリアンタウンで、その人たちに対する差別が時々問題になる地域という、近所の人たちからすれば半ば常識のような感じだった。
川崎に住み始めてしばらく経つが、そんな事実を初めて知って、これまでバラバラだった点が「桜本」というワードによって線になっていく。
僕がこれまで見聞きしてきた、読書をしながら差別に反対する人々、ヘイトデモの争い、そして「END RACISM」ステッカー。
それら全ては、この桜本と、桜本に住む人々に目がけて行われていた差別にまつわるものだったのだ。
LGBTQや女性差別、ウクライナ侵攻やガザのジェノサイドなど、色々な社会問題に目を向けてきたつもりでいたけれど、自分が住むこの街で起きた差別問題は何も知らなかった。
そんな自分が少し恥ずかしくなり、まずは知ることから始めたいと強く思った。
自転車で行けるような距離にあって目を向けていなかった「桜本」。
インターネットで「川崎 差別」と調べるとすぐに色々な情報が出てくる。そしてその中でも一冊の本が目に入ってきた。
「ヘイトデモをとめた街」と題された本。
それは神奈川新聞が連載していた、桜本でのヘイトスピーチと闘った人々の取材をまとめた一冊だった。
川崎図書館で予約すると、誰も借りていないのですぐに受け取ることができた。
さっそくページを開いてみるとそこには、僕が思っていた何倍もの桜本の人々の辛さや悲しみと、差別と闘う人々の壮絶な記録が記されていた。
次に続く