尾鷲「みんなの森 生物多様性の森ワークショップ」レポート
2024年の1月~6月末にかけて、三重県尾鷲市にある「みんなの森」というフィールドを活用して、延べ約720名の方と一緒に6回に渡る森林再生ワークショップを行いました。まずは、実際のワークショップの動画をご覧ください。
■はじめに:尾鷲市というフィールド
三重県尾鷲市は、紀伊半島の中央に位置する人口1万5千人、高齢化率は46.2%の町です。この地域の最大の特徴は、年間4,000ミリを超える豊富な降水量。2019年には全国1位となる4,662ミリを記録しました。
また、市域の92%を森林が占めており、この豊富な雨を受け止め、尾鷲の森を通ってミネラル豊かな水として海へと流れています。実際、国立環境研究所の調査によれば、流域の森林率とその森林から流れる河口域に生息する絶滅危惧種の数には相関がみられることがわかっており、下の図にあるように、森林率が上がれば上がるほど、流域に絶滅危惧種が多く生息しています。これは森から流れ出た栄養が海の生物にも届き、森を守ることが海を守ることにつながることの裏付けとなる研究だと考えられます。
尾鷲市は、豊かな森の恵みだけでなく、海にもたくさんの魅力がつまっています。尾鷲市の海岸では、リアス海岸が発達しており、古くから漁業も盛んで年間200種類の魚介類が水揚げされています。市内の魚屋には新鮮な魚が並び、尾鷲の人々の食卓を豊かに彩っています。尾鷲では海、山、人の距離が近く、人々は自然からたくさんの恵みを受け取っています。
山へ目を向けると、尾鷲市の92%が森林のうち人工林は58%であり、そのほとんどがヒノキで、「尾鷲ヒノキ」というブランド名で知られています。尾鷲ヒノキの特徴は、通常の倍以上の密度で植えられる”密植”にあり、密植してたくさん間伐する「密植多間伐」で育てられるため、1年間の成長が小さく木の密度が高まり、柱となった時にとても強い材になります。
しかし、尾鷲の林業も全国的な林業が抱える課題と同じく、価格低迷や、安い輸入林が入ってきたことによる需要減少から、山主の世代交代や相続が進む中で、所有者不明になってしまったり放置されてしまったりする山が増えていることが、大きな課題となっています。山が放置され手入れが行き届かなくなると下草が育たなくなり、土壌が弱くなったり、保水力が衰えたりすることの影響で、表面の土が土砂として流れてしまい、今は恵みである尾鷲の雨が、ふもとの里山にとっては脅威ともなってしまう恐れがあります。さらには、生物多様性が失われ、森にも海にも栄養が行き届きづらくなってしまい、尾鷲の豊かな自然と人々の暮らしが危機にさらされることになってしまいます。
↓尾鷲市ホームページ
https://www.city.owase.lg.jp/
↓尾鷲市農林水産課の課長が語った尾鷲とその自然
https://note.com/localcoop_owase/n/n0c1bff46f0eb
■森の再生を多くの人々とともに。
尾鷲市では「ゼロカーボンシティ宣言」(2050年までにカーボンニュートラル実現を目指す取り組み)および「生物多様性のための30 by 30アライアンス」(生物多様性の損失を食い止め、回復させる「ネイチャーポジティブ」にむけて、2030年までに陸と海の30%以上を自然環境エリアとして保全するという目標に賛同する連盟)に加盟し、一次産業のフィールドである「みんなの森(旧九鬼町にある市有林)」にて、生物多様性の保全やカーボンクレジットの創出を目的として森林整備の取り組みをはじめました。
これまでも、行政が主体となって森林整備を行っていましたが、2023年から新たに、民間企業と行政が手を取り合い、「尾鷲みんなの森プロジェクト」を進めてきました。特筆すべきは、その手法として「ワークショップ」を採用したことです。これまで森との関係性が築けていなかった一般の人々を森に招き入れ、共に考え、学んでいく機会を創出することを目指しました。さらには一般社団法人コモンフォレストジャパン理事であり、全国各地での生物多様性を育む土木造作の実績を持つ、坂田昌子さんを森づくりの講師としてお招きし、坂田さんの指導のもと、多くの参加者とともに森の再生に取り組みました。
2024年度の本ワークショップは、三ッ輪ホールディングス株式会社から尾鷲市への企業版ふるさと納税により、安定的に開催することができました。
■伝統技法を活かした森林再生の実践
6か月間のワークショップでは、伝統的な土木技法を活用しながら、重機を極力使わずに、人の手で森の水循環と豊かな生物多様性を取り戻すことを目的に整備作業が進められました。以下の手順で作業を行いました。
事前準備
①周辺環境の余分な有機物を燃やす。地際の風通しと歩きやすさ、地形の観察をしやすくする。
②平らな場所をできるだけ見つけておき、土を載せられるように、杭、落ち葉、藁を用意しておく。
ワークショップ当日
③坂田氏の指示のもと、慎重に土を掘り上げる。バケツリレーで手順②の平場に運ぶ。
掘り上げた土は、落ち葉と藁を混ぜ、土と土の間に隙間を作る処置を行う。菌を呼び込み、土壌の団粒化を促す、雨水の浸透をはかり、植物の根を呼び込みやすくするためである。
④掘り上げた箇所の処置として、伝統土木の手法である、しがら工法、空石積み、石畳などの工法を、場所に合わせて実施していく。
ワークショップは計6回行われ、1ヶ月に一度、3日間連続で作業を行いました。
ワークショップ全体像
現状、水系が土砂で埋まっているので、その状態から、林地残材を取り除き、泥を掘り上げ、掘った個所が崩れたり、泥が流入したりしないように空石積やしがら工法を駆使して処置することで、生き物や植物が水系を利用できる健やかな水辺環境を作り出しました。水の流れは向きや速度を一定にするのではなく、多様な向きと多様な速度を与えることによってそれぞれの生物にとって居心地のよい環境を創出するように心がけています。森は複雑であることが生物多様性の鍵であるようです。
取り除いた土砂は、林内の安定した平場に置いたうえで、その土砂が再び流入しないように処置をしました。
1,2,3月:坂田氏と参加者とともに毎回森を歩き、身体的にみんなの森の現状を把握することを大切にした。参加者の大半は森での土木作業は未経験なので、1つ1つの作業の重要性を理解しつつ、急がずにしっかりとした施工を意識した敷地源流の湧き出し口と、その周辺の整備を行う。埋もれていた湧き出しの泥の撤去や、湧き出し口の崩れを防ぐために空石積によって処置を行い、周囲からの土砂の流入を防ぐために、しがら工法で周辺を処置した。
4月:全体図⑪の林道の再設計、施工。水系を横断していた既存林道を一部作り変えた。水系の流れをせき止めずに、林道の下を健やかに水が流れ続ける状態へと林道の再設計、施工を行った。
5月:生き物たちに配慮した湿地環境作り。全体図⑦付近の泥で埋もれてしまった地形に手を入れ、生き物たちが利用できる多様な水辺環境を作り出した。また、それを観察できる観察路の整備を一部行った。
6月:砂防堰堤の営繕。一部崩れていた砂防堰堤を石を積みなおして修繕した。また、手前に長年堆積した土砂を取り除き、空石積を駆使して、生き物が多様に利用できる水辺環境を作り出した。
これらの作業は、すべて人力で丁寧に行われました。参加者の多くは森での作業が初めてでしたが、一つ一つの作業の重要性を理解しながら、慎重に施工を進めていきました。
■半年間の成果
1月から6月までの活動で、目に見える変化が現れ始めています。
最も顕著な変化は水循環の改善です。かつて泥で埋まっていた水系から、清らかな水が流れ出すようになりました。また、絶滅危惧種だったアカハライモリの生息数が増加するなど、生態系の回復を示す兆しも見え始めています。
参加者数の推移を見ると、1月の初回は29名でしたが、6月の最終回には81名まで増加。延べ人数は720人に達しました。年齢や職業も多様で、地域住民から都市部からの参加者まで、幅広い人々が森の再生に関わりました。
■これからの展望
この6か月間の活動は、森の再生の第一歩に過ぎません。しかし、多くの人々が森に関わり、その大切さを実感する機会となりました。今後は、この経験を活かし、地域主体の持続可能な森林管理の仕組みづくりが進められていきます。
また、この取り組みは環境教育の場としても注目されています。現在、Local Coop尾鷲が主導で新たな学校設立の構想も進行中です。
「地球で生き残るために」尾鷲初のオルタナティブスクール「Network School」構想概要↓
https://note.com/localcoop_owase/n/nb915de6d8754
都市部の企業や個人との連携も広がりつつあり、森の再生を通じた新しい地域づくりの可能性が広がっています。
尾鷲の挑戦は、気候変動という地球規模の課題に対する、一つの地域からの答えかもしれません。山と海が近接するこの地域だからこそ見えてくる課題と可能性。尾鷲から森、海、人のつながりを再構築する旅路はまだまだ始まったばかりです。
各種リンク
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