おセッセの話(下ネタ注意)

二十歳から二十四まで、東京で生活していた。内二年間は専門学生で、その後の二年間はフリーターに毛が生えたような生き物だった。
学校卒業後の二十二の時、友人と同居していた。ルームシェアというやつである。
友人にはその時、初めて出来た恋人がいた。
恋人の方は人見知りが激しく、初対面の自分とは打ち解けられなかった。というかそもそも話す機会もあまりなかった。
暮らすようになってからしばらくして、隣室から何やら奇妙な物音が聞こえてきた。あれは二十一時頃だったと記憶している。
自分とて、女性と関係を持った回数はゼロではない。
その時は「おー、おー、盛り上がってるねえ」としか思わなかった。
次第に奇妙な物音は熱を帯びてきて衣擦れの音がしたかと思うと生々しい水音なんかが聞こえてきた。
音楽でバリアを張ろうにも限界がある。
男なんか一時間もすれば終わりだろう。
経験からそう判断し、部屋を出た。
小一時間、街を散策した。ゲームセンターを見つけてダーツをやってビリヤードを楽しんだ。そろそろ済んだだろう、と思い部屋に戻った。
果たして部屋の中は沈黙が溢れかえり、奇妙な気怠さのようなものが漂っていた。事は済んだようだ。
シャワーを浴びて布団に潜り込む。俺も早く恋人を作ろう、と思って目を閉じた。
その平穏が破られたのは二十三時の事だった。
隣の部屋から怒濤の如き勢いで女性が達する声が聞こえくるではないか。
こうなると気分はホラー映画かホラー小説の登場人物である。終わったはずの禁じられた儀式が現代においても未だに続いている事に恐れ戦く……あんな感じだ。
男の声は挑発的で、女をいじめている。言葉責め、というやつだ。
一部抜粋する。

「ほら、いやらしい音、たててるよ」
「いやっ……」
「えっちだね、××ちゃん」
「ああっ、だめえぇっ」
「隣のしんた君にも聞こえてるかな……」
「いやん……っ、いぢわる……っ」

ほう。
いい度胸だ。
羞恥プレイのネタにされた当時二十代のしんたは頭の中で思い浮かべた。素っ裸になって隣室に乱入してこう言うのだ。
「楽しそうだな。俺も混ぜろよ。3Pやろうぜ」
結局、行動には移せなかった。
性の狂宴は翌朝の七時まで続いた。
小鳥が鳴く中、朝日を眺めながら俺は燃えるゴミをまとめてゴミ捨て場に捨てに行った。部屋に戻ると彼の部屋からは、

「ああっ、イクよ、イクよ!」
「出して、出してぇ!」

だのという声が聞こえてくる。
大盛り上がりだ。
事が済んだのはこれから一時間後の事だ。
彼が起きてきたのは十一時の事だ。彼女の方は十時半頃帰っていった。濃厚な接吻の音が聞こえたから間違いない。
台所でジュースを飲んでいる俺に彼の方が話しかけてきた。
第一声は、
「ごめん」
だった。
俺はため息をつき、
「てめーよぉ」
衝動で突っ走る気持ちもわかるし、アレやコレやしてみたくなるのはわかる。でもね。
「羞恥プレイのネタにすんの、やめてくんねえかな」
「あ、はい……」
「ヤるならラブホか、彼女の部屋か、二択だ。どっちか好きな方選べ。彼女にもそう言うように」
「はい……」

後日、また恋人がやって来た。
彼の部屋で何やら話す声が聞こえてくる。
「……じゃあ何!? 私はこの部屋来ちゃ行けないって言うの!?」
「あの、俺も調子乗り過ぎちゃって……」
ああだこうだと話し合いが続き、結局彼女の方が折れる格好になった。
ちょうど話し合いが終わって帰ろうとした時、トイレに行こうとした俺と彼女が鉢合わせになった。
ものすごい目で睨まれた。それこそ大映の『大魔神』が怒った時のような表情だった。靴を履き、ドアを閉めて去っていく音は、「私、怒ってます!」と言わんばかりだった。いいけどさ、別に。
この日以降、彼女は顔を見せなくなった。風の噂で「私、しんた君嫌い」と言っていた、という話を聞いた。知らんがな。この友人と恋人は後に結婚して子宝にも恵まれたそうだ。あの狂宴の時に授かったのだろうか。知らんけど。

この二年後、色々あって俺は故郷に帰る事になる。
学校卒業後は、しんどい二年間だった。
突発性難聴にもなったし、感情のコントロールが利かなくなり、一時間おきに泣いたり笑ったりする奇妙な病気にもなった。現在では何ともないが、人間は追い詰められるとああなるのだと勉強になった。
ところが宿命はどこまでも俺を追いかけてくる。
その日、寝ようと思った瞬間、少し離れたところにある両親の部屋からゴソゴソ、ゴソゴソと物音が聞こえてきた。
嘘だろおい、と俺は思った。
両親の狂宴は「三人目でも作る気なのか!?」というレベルの激しさで、母親が達する時の、父親が己の存在感を発揮する時の声まで聞こえてきた。
さすがに我慢ならねえ、と思ったしんた君。
翌日、この家の防音はどうなっているのか、欲望は我慢できないのか、俺寝たいんだけど、等々ぶちまけてみた。二人がヤっている事に関しては一切触れなかった。
親父はたった一言、こう言った。
「我慢? 無理」
死ね、と本気で思った。お袋に至っては無表情で無言である。
だがその願いは届かず、親父は今日も元気である。
この当時、しんた君はそんな状況なのでよく夜遊びに出かけた。
悪友のような存在の男女がいて、この二人に両親の狂宴の事を話した。
「二人ともいくつ?」
「五十路(当時)」
「その歳まで愛されてみたいわ……」
「喧嘩する声が聞こえてくるより愛し合ってる声の方がよくね?」
「そうかもしれないけど、お前自分の両親がヤってる声聞きたい?」
「無理。死んでもやだ」
「えー、でも私はその歳まで愛されてみた(ry」
最終的に「お前んち行こうぜ」と言われた。丁重に断った。あれ以降、会う度に「両親元気?」と訊かれる。

勢いよく燃え上がる炎は長くは続かない。
両親の狂宴もその内下火になった。
あれは一体何だったのか、未だに謎である。
自分はというと、この三年後に結婚した。
身体の相性が良かったらしく、結構な頻度で行為に及んだ。義父の耳が悪いのも幸いしていた。
ある日、ヤっているとベッドがバキバキと音をたてて沈んだ。
AVの企画モノで激しくやりすぎてベッドが壊れる、というよくわからないものがあったが、この時は二人して声に出して笑った。
「ベッド壊れたの初めてなんだけどwww」
妻は笑っていた。俺も笑った。
この出来事のあと、新婚の夫婦には必ず言うようにしている。
「ベッドは頑丈な物を買いなさい」
と。

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