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「公道最速理論」と「ポータブルオーディオ」
私が音楽に拘り始めたのは何時からだったろうか。
幼少の頃、ヤマハ音楽教室に通ってはいたけど、それほどやる気は無く。。
でも、音感やリズム感の基礎は身に付いたと思う。「音楽」の授業だけは成績良かったけど、もっと真剣にやっていたら今頃(?)
父が車好き、旅行好きだった事もあり、車内で聴く音楽はいつも勝手に自分が用意したカセットテープが独占。お小遣いで買ったりレンタルしてきたレコードやCDをダビングしたもの。大半はアニソンだったかな。小学生の頃の話。
中学生の頃はフジテレビ夕方の戦略にどっぷり嵌って・・・w
自分が住んでいる地域は走り屋の聖地から近く、免許を取ると皆スポーツタイプの車を購入して毎週末走りに行っていた(正確には黙っていても誰かに連れていかれる)。
しかし自分は走りに関する事よりも、車を購入すると必ず最初にやるのはスピーカー交換、ヘッドユニット交換だった。CDチェンジャーは収納枚数が多いものより音質優先。メーカー名を派手に光らせるような某ミーハー企業が嫌いだったので音楽周りは「ADDZEST」ばかり使っていた。
そのうちデッドニングがマストとなり、スピーカー数を増やすよりもフロントのみで再生する事を覚え、スピーカーの位置や角度に拘り、アンプ、サブウーハーを追加し・・・
パワー(圧)よりも繊細な音を出す事の重要性に気付き・・・
遂に電源対策、リケーブルに辿り着いた。
それは、常にノイズや振動の集合体である「車」という劣悪な環境との闘い。ドアパネルがエンクロージャーである限り、あの内部構造で良い音など出せるはずもなく、「Sonic Design」を導入した。
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次の車にも導入するつもりだが、この構造、政振処理せずには居られないw
音楽データは「iPod」で管理して接続していた。
車自体、走らせて心躍る楽しい車種だったが、音楽環境が仕事の疲れを癒してくれ、無駄に遠回りして帰ったものだった。
これ全て間違いなく・・・今ポタオデでやっている事に繋がっている!
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ある時から電車通勤に切り替わり、「ポタオデ」に移行する事となった。
車で使用しているiPodをそのまま持ち出すにはイヤホンが必要になる。
そこで量販店へ行き直感的に気に入ったのが、当時聞いた事も無いメーカーの「SENNHEISER IE 60」だった。
そう、奇しくも最初から「1DD」を選択していたのである。
使用しているうちにケーブルが断線し、修理できないものかと調べたところ・・・
秋葉原にある某オレンジ色の店舗、そして「リケーブル」という概念を知ることとなる。
そこからはズブズブの世界へようこそ・・・である。
そして奇跡的なタイミングで「ある方」と出会い・・・今に至るのである。。
全ては探求心、妥協しない姿勢が招いた事。後悔なんて、ある訳ない。
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さて、ここまではカーオーディオ、ポータブルオーディオと接してきた歴史についての話でしたが、私は車もポータブルオーディオも似たようなものだと思うのです。
そもそも、車の構造、走る為のメカニズムがポタオデと同じだと思うのですよ。
ポータブル機器を大きく別けると「再生機」「リケーブル」「イヤホン、ヘッドホン」の三つになると思います。
車に例えると分かり易いのですが、心臓部であるエンジンが「再生機」、排気系が「リケーブル」、駆動系が「イヤホン」になるでしょうか。
排気系と駆動系が逆?そうではありませんよ。
これらのバランスが絶妙に取れて初めて車は速く安全に走れますし、オーディオは「良い音」を奏でてくれます。
車はいくらパワーがあっても、路面に接する4つのタイヤに伝える能力と制御する技術が伴わなければ「速く」「安全に」走ることは出来ない。場合によってはパワーが仇となり絞る必要がある。
音楽も同じ「何をどう聴きたいのか」そのステージによって最適なバランスを導き出す事が何よりも大切で、やり方次第ではスマホや1万円もしないイヤホンがとんでもなく良い音を奏でる事もあります。
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ひとつずつ紐解くと、【再生機】は車で言えば吸気系から制御系を含む「内燃機関」。排気量や形状、気筒数等によって得られる力の大きさや性質が決定づけられます。
「過給機」はあえてこの一部としますが、AMP、ドングルDACになぞらえるとしましょう。
同じ音源でも「何を使用して」再生するかによって、その出音が全く変わってしまいます。最初から「ショボい音」しか再生していなかったら、高級なイヤホンほどそのまま「ショボい音」として再現してしまうのですから。。
自分の場合は紆余曲折ののち、「iPhone」の能力を最大限に活かしたシステムが一番バランス良く、余計な味付けをされず原音を聴けるというところに辿り着きました。
下手なDAPやDACで聴くと原音を無視した機器の癖しか聴こえてこなく、聴き疲れや音酔いを起こしてしまう。。
それではハイレゾ音源が再生出来ない?え、それって本当に必要ですか?
CD音源未満でも録音状態の良い音源はたくさんあるし、それすらもまともに再生出来ない環境ならハイレゾなんて手を出さない方が良い。
とは言え、自分はハイレゾ音源に拘っています。それは本当に聴き取れているのか分からない再生可能帯域の問題ではなく、繊細な情報量を重視しての事です。それにCDとはマスタリングの方向性が違う場合が多いので、好みの問題。
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次に、【イヤホン(ヘッドホン)】は車で言えば「駆動系」。音の出口なのでマフラーをイマージして排気系と思うかも知れませんが、車を思いのままに走らせる為に一番重要なのは「発生させた力をどのように四輪に伝え路面と接するか」です。
実際に電気信号を「音」に変えて耳に伝えるのはイヤホン、ヘッドホンであり、イヤピはタイヤのような役割ですから形状や材質で運動性能を大きく左右させる重要な役割を持っていますので、「イヤピ沼」なるものに陥るのはむしろ良い事だと思います。
自分に合ったイヤピで耳に正しい角度で密着出来なければ、せっかくの音も漏れたり籠ったりして台無しです。電車の中でそんな方をよく見かけますが・・・
だからと言ってカスタムIEMも万全ではなく、耳の形状は変化しますし季節によって装着感が変わってしまいます。そもそもイヤピのように時間の経過と共に熱で変形して密着しません。
ちなみに私が「ダイナミック型ドライバー1発」を好むのは、自然な音を奏でる為に理に適っているから。
様々な形状や多数のドライバーを制御しているイヤホンはその時点で既に自然ではなく、つまり「音楽が寄り添ってくれる」環境ではない。
プロのモニターのように「音楽に寄り添う」事が必要ならば適しているとは思いますので一概にとは言えませんが。
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そして最後に【リケーブル】が「排気系」となる訳で。
再生機で発生した電気信号をいかに効率よくイヤホンに伝えられるか。
マフラーの形状でエンジンのレスポンスは変わりますよね。
リケーブルは素材や太さ、線数、編み方、皮膜の色や厚み、接続プラグの方式で全く違う音になる。つまり、素性の悪いリケーブルを選択してしまうとせっかくの音が正しくイヤホンに伝わらない。
最近はbluetoothも良くなっていますが、素性の良い有線と比較すると確実に音質は劣化します。
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さて、ここまで長々と語ってきましたが、そろそろまとめましょう。
それがタイトルにある「公道最速理論」です。
言わずと知れた「頭文字D」で高橋涼介が提唱する理論ですが、例えばサーキットなど、走る事に特化した専用の場所で走る事を目的としたレーシングカー等をスタジオやコンサートホールで使用する為に専用チューニングされた音楽機器だとしたら、公道で走る為の市販車がポータブルオーディオ。
「公道最速理論」は完全に説明されていない概念ではありますが、公道のように一般車が居たり常に路面状況が変化し不測の事態が起こる中で、何時如何なる時でも状況を判断し、その都度最適な走り方をする事。
「ポタオデ」は何時、誰が、何を聴くか分からない環境の中で、誰もが破綻せず聴けるように調整された汎用品であり、必ずしも高級機器が最適解ではない。
どのような環境でも、音源でも、これを見極め常に最高のパフォーマンスを引き出せる為のセッティングをする知識や技術、実行する力が伴わなければ感動する音楽など奏でられない訳です。
それは自分の中にしかないもの。実際に「聴く」のは自分なのですから。
これつまり、「公道最速理論」と同じ事を追及しているのだと思います。
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私がいつも機器を語る時、よくあるレビュー記事のような具体的な言葉を使わないのは、例え全く同じシステムを組み、同じ音源を聴いたとしても個体差による違い、エージング度合い、季節など様々な要因によって聴こえ方は変化しますし、そもそも好みが完全一致するはずありません。
「あくまでも自分にはこう聴こえる」というだけの事で、下手に誤解されても責任取れませんので。。
試聴機も短時間聴いてドライバーがスムーズに動く前に判断するのは早計だし、エージングが進んで成長した音をイメージ出来るかが肝心です。
レビュー記事などでよく評価に使われる様々な言葉は製品の比較をするための誰にでも伝わりやすいような「ものさし」でしか無く、真に受けて購入して失敗しても自己責任であり、そもそも失敗したかどうか本当に判断出来ているのか疑問ではあります。
ちなみに先日述べた「音楽が寄り添ってくれる環境」は、どちらかと言うと人も車も無理なく安全に早く走らせる「ゼロ理論」かも知れませんね。機器も聴く側も無理なく自然に気持ち良く聴ける環境。
「公道最速理論」「ゼロ理論」の組み合わせが「ポタオデ」の最適解。
面白いものです。