イワカンセンサー
違和感を大切にする事。
さら〜っと流さずに、違和感を感じたら立ち止まってみる。それが物事をより深く観るためのヒケツ。
古事記を読み解く講座で習って以来、全てに応用している。まだ古事記は読み解ける気はしないが、自分の人生なら読み解けそうなので。
例えば上の写真を見て違和感を感じませんか?
「あの全ての窓の右角に残っている製品説明の白いシール、なぜ剥がさないのだろう?」
家を大工さんと一緒に自分達で建てていた頃、クタクタで時間に追われて、剥がさぬまま足場を撤収してしまい、以来そのままに…。我が家に来た事がある人なら誰もがまず気が付いた。私達だってそりゃイワカンは感じる。でも剥がさない理由の方が勝っていた。昨日までは。
高い所だから外から重くて長い梯子を持って来なければいけない。
梯子は大分重いので、怪我をしたり、何かを壊す危険がある。
周りの家具をどかさねばならない。
などなど…。
それが、この旧暦年末大掃除パワーを得て、とうとう成し遂げました。これでようやく家が100%完成した気分。
本人も周りの人も感じている違和感なんだからさっさと始末すれば良いものを、〇〇しなければいけないから。危ない、不安、面倒くさい。などと理由を見つけて、見てみぬふり。と言っても実際はいつも無意識に目がいっていた。あのステッカーさえなければスッキリするのに…。と思っていた。
でも剥がすのに四年かかった。そして実際の作業は1時間弱で終わった。〇〇しなければならないとか、危ないとかそういった危惧がなければもっと早くに終わらせていただろう。思い立ったらもう片付いていたというくらいのあっけなさだったのだから。
でもそこで自分を責める必要は全くない。
だって、この日のために、noteでネタにする為にとってあったのかもしれないし。
内側掃除も同じ事。違和感を感じてるのに、そこから先に進めない、進みたくないのはその掃除に手がかかりそうだと感じてるから。
タンスを開けたら、みたくないから押し込んで置いたありとあらゆる感情が溢れてくるかもしれないと知ってるから。
そしたらまずは焦らずに、ゆっくり取り掛かろう。だって、タンスから溢れてきた物達(この場合は色んな思い出に付随する感情)に圧倒されて掃除すり気力を失ってしまったら、その中で生活を続けるのは自分だ。
違和感の先へ進むのを怖がる理由、避けたい理由はもっともだ。もしくは生活を続行するために、もう違和感を感じないようにしているかもしれないけど…。
とにかく一番大事なのは、自分を責めない事。
掃除が進まなくても責めない、見ないふりをしてきた事も責めない。(だって最後まで掃除するエネルギーがその時は充分でなかっただけかもしれない)
ただ目の前にある手がかりを一つ一つ片付けていく。まずは客観的に掃除すべき対象を認識して、あ、これ、いらないな。と気づく事。
気がついた時点で、もういらないと思った時点で、ほとんど掃除出来ている。徹底的に掃除しようとするとくたびれちゃうからね。掃除が完璧に終わってなくても大丈夫、またタイミングよく掃除するチャンスが巡ってくるから。まずは気づくことから。そして自分を責めないで、その時の感情を自分がキチンと受け止めることから。
内側掃除は愛だ。過去の私と、今の私への愛。そして未来の私がより輝きますように。