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海外観光客向け〈オルタナティヴ・ニッポン〉都道府県観光ガイド(第六回)

世界の皆さんこんにちは。私はニッポン在住の旅行ライター、日比野 心労です。
今回はニッポン国の県……ではあるのですが、その成り立ちからして特殊で少々複雑な経緯を持つ県、「阿弖流爲県」を取り上げていきます。
なお、阿弖流爲県は現在「東北独立自治六県」と呼ばれる自治権を持った行政区分としての位置も占めており、ニッポンの法律が一部通用しない事態も発生しますので、旅行者の皆さんにおかれましては「エミシ」と呼ばれる現地のガイドの指示に良く従い行動される事をお勧めします。

第六回 阿弖流爲県
(観光難易度:3【やや難】)

・阿弖流爲県の歴史概説

本京都より東北リニアで約1時間の距離に位置する阿弖流爲県。そこは多民族国家ニッポンを象徴するかのような、豊かな歴史を湛えた地です。
古代ニッポンにおいては、中央集権国家の成立を目論んでいた中和朝廷という王権国家とそれ以外の民族国家が覇を争っていた時代があります。中でも、阿弖流爲(アテルイ。王の称号と思われる。以下アテルイ表記)と呼ばれるニッポン東北地方に君臨する王は、中和政権の幾度にもわたる侵略を悉く撃退し、長期安定政権を保っていました。
しかし中和政権は「坂下村田麻呂」という最強の将軍を任命し、アテルイの討伐に当たらせます。村田麻呂は快進撃を繰り返し、遂にアテルイの居城の寸前まで攻め入る事に成功しました。あとはアテルイの首を朝廷に持ち帰るだけ。村田麻呂は燎原の火の如くアテルイ居城を攻め立てます。

歴史書ではここで唐突に記述が途絶えています。

次に阿弖流爲の名が歴史に登場するのはエド時代です。
ニッポンの戦乱時代を治め、全国統一を目前にした時の将軍ヤイエスは、東北地方の王であるアテルイに恭順を求めた、という記録が残っています。結果として決裂した交渉は、辛うじてヤイエス側になびいた東北地方の王のひとり「伊達酔狂宗」をアテルイ平定に差し向ける事態となります。国境の砦を次々と突破していく東北の孤狼、酔狂宗。遂には川向こうの砦をひとつ落とせばアテルイの本陣に喰らいつけます。数万の軍勢を率いた酔狂宗はその勢いを駆って川を渡り始めるのでした。

歴史書ではここで唐突に記述が途絶えています。

歴史書において阿弖流爲県として成立する前の最後の記述は、東北地方での内戦が最後です。発端は東北地方のいち寒村が「ギリギリ国」と称してニッポンからの独立を宣言した事件でした。(のちに「ギリギリ国争乱」と名付けられたこの内戦は、とある日本の小説家によってフィクション化もされましたが、ニッポンの歴史においては公然の事実となっています。)
ギリギリ国は、秘密裏に冷戦当時のソ連の支援を受け、東北地方に原始共産制の理想国家を築こうと計画しますが、現在の阿弖流爲県に侵攻するや否やその勢いを止めてしまいます。そして攻勢の休止した数日後、ギリギリ国は突如国家解散を宣言し、その活動を終えました。以後、ギリギリ国の主要高官や国家元首の行方は杳として知れず、報道などの各種記録ではこれ以降ギリギリ国の話題が途絶えています。

その後、旧来よりのアテルイの支配地は次々とニッポン政府に同調政策をとり、他の5つの東北の地方と共に県としてニッポンの行政下に組み込まれました。そして部分的ではありますが、独立した司法、立法、行政を備えた自治区として現在の地位を築き上げていきました。ここにおいて阿弖流爲県が成立したのです。

以上のように、阿弖流爲県を狙う勢力は悉くその消息を断ち、独立民族としての阿弖流爲の歴史は不可侵の謎に包まれていました。しかし、近年その謎のベールはひとりの外国人芸術家によって剥がされる事になったのです。その人物の名はハンス・リューディヤナ・ギーダー。アメリカ映画「エイリヤン」の造形を手掛けたスイスのアーティストで、のちにH•R•ヤナギーダーというペンネームで「遠くの物語」(原題:Far away story)という阿弖流爲の秘密に迫った画集を出版した作家でもあります。

・阿弖流爲県とH•R•ヤナギーダー

「エイリヤン」のデザインを受け持つ前、ギーダーはニッポンを訪れ、阿弖流爲県に滞在していた期間がありました。シュルレアリスム画家としての研鑽を積んでいた彼は、インスピレーションを求めこの地方を旅し、奥深い自然や歴史、人々の伝承に触れ、自身の作品着想を得たとのちに回想しています。
その際に体験した不思議な事象を、彼のインタビュー記事から拾ってみましょう。

・「──では、そこで貴方はその乗り物に吸い込まれたと?」
ギーダー「ええ、そうです。夜間散歩に出ていた私は急に光に包まれ、身体が浮いていきました。指ひとつ動かせず、声も発することができないまま、気づくと私は裸で見知らぬ空間に横たわっていたのです。周りはグロテスクな生命素材らしき壁や床で囲まれており、そこかしこに巨大な黒い卵のようなものが生み付けられていました。しばらくするとヒタヒタという足音と共に赤黒い色をした奇怪な生物が現れ私に這い寄ってきました。彼?は鋭い牙を持った口を開けると更にその中から細い口を伸ばし、その見かけに反して優しい声で私にこう言いました。
『貴方は選ばれました。次代のアテルイとして私たちの記憶の一部を分け与えましょう。』
彼?はそう言うと、その……急に私の肛門に触手を突っ込み、何かの玉らしい物を引き抜きました。その直後、もう一方の触手が似たような別の玉を私の肛門にねじ込み、そこで私の意識は途絶えました。
気づくと、私は小さな池のほとりの草むらで倒れていたのです。」

ギーダーはその時見た光景を元に、傑作映画「エイリヤン」の造形デザインを担当し成功を収めました。そののちも洗練されたグロテスクさを前面打ち出したデザインや絵画を制作すると、とある画集を出版したのちに謎の失踪を遂げたのです。それが前述の「遠くの物語」でした。
「遠くの物語」には、阿弖流爲県の遠野地方に伝わる伝承を元にした、所謂「妖怪」と言われるニッポンのモンスターや、不思議な怪異、遠野地方の自然や風俗文化が描かれています。それまでのギーダーの作風とは一線を画したその画集は、その有名性にも関わらず発行部数が非常に少なく、現在では好事家たちの間で高値で取引されています。
一説では、この画集は阿弖流爲県の真の姿を写実的に描いたものだ、との評もなされていますが、真相は謎のままでした。
ですが、私は、この作品集が阿弖流爲県の真の姿であると確信を持って言うことができます。何故なら、数年前に阿弖流爲県を旅した際に、私は県知事として阿弖流爲県を治めていたギーダーその人への面会が叶ったからです。以下、その対談の様子と阿弖流爲県の真実を皆さんにお伝えしようと思います。

・阿弖流爲県知事ギーダーとの対談

心労(以下心)「初めまして。今日はよろしくお願いします。
ギーダー(以下ギ)「初めまして。第六次元の光のお導きに感謝致します。宜しければお掛けください。」
(そう言うとギーダー氏は床に転がっている鉄の棒を指差しました。見ると氏はそれを垂直に立て先端にバランス良く腰をおろしています。私も見様見真似で同じ体勢を取りましたが棒の先端がちょくちょく肛門にめり込みいい心地はしませんでした。)
心「今回は阿弖流爲県の観光をテーマに紹介記事を書いていまして、知事自らが取材を受けてくださると言うので参りました。知事のお持ちである阿弖流爲県へのイメージと、観光の見どころなどをお聞かせください。」
ギ「まず阿弖流爲県とは宇宙の使徒なのです。星々の彼方のその向こうまで同盟を結んだ第五次元の大いなる光が我々県民の体に満ち、偉大なる神霊は県を遍く照らし賜いました。我々は供物として屠った牛、冷麺、多数の椀に盛った蕎麦などを宇宙神霊に捧げ、繁栄と長寿を実現させてきたのです。」
心「はあ。」
ギ「宇宙神霊は代々の阿弖流爲を導き、その魂を宇宙の意思に代替する事で地獄からの尖兵を退ける力を与えてくださったのです。」
ギ「あなた!肛門に気をつけなさい!」
心「は?」
ギ「肛門を締めておかないと宇宙が漏れてしまいます。」(そう言うとギーダー知事は棒を尻に挿したまま両足を浮かせ胡座をかきました。)
心「いやそのちょっと私はそのような」
「パラギャーティ!!」(唐突な大音量)
心「はい!?」
ギ「観光ですねわかります(満面の笑み)。阿弖流爲県の自慢は豊かな自然と素朴な文化。そして何よりも県民の一部「エミシ」という人々は宇宙の歴史の語り部です。宇宙が幼い頃より蓄えてきた星々の煌めきとその死、悪の勢力との戦い、光の戦士たちの活躍や事象の地平線を征くキャラバン、第六次元へと至ろうとする崇高な旅のさまざまな様子をあなた方旅行者に語ってくれるでしょう。あ、ありがとうございます今わたくし第六次元の光にお褒め頂きました(ここで知事は泣きながら約5分間拍手を続けました)。」
心「えー、つまり県の観光の魅力は土地の伝承の語り部たる県民との交流にあると、そうお考えですか?」
ギ「県民だけではありませんぞ!( アリマセンゾ!とどこからか別の声が聞こえました)阿弖流爲県には異星からのお客様に多数ご逗留頂いております。彼らは我々県民と同化しながら古来より生活してきました。ときに豊穣をもたらしときに凶事を招きながら、その姿は多種多様。今でこそ当県にしかご逗留いただく慣わしがございませんが、ゆくゆくはニッポン全土にも彼らの恩恵をひろめて、あ、申し訳ございません!申し訳ございません!まだ時期尚早でした!この失態は必ず挽回させて……あっハイありがとうございます!(知事は棒の先端で土下座をしました。)」
心「……あ、『遠くの物語』、たいへん興味深く読ませて頂きました。あのフィクションに描かれている妖怪は
「ギャーテイ!」(知事は棒を尻から抜き手に持ち替えて私に打ち掛かってきました)
心「いたい!何するんですか!?」
ギ「あれはフィクションなどではありませんぞ!( アリマセンゾ!と謎の声) あの作品は阿弖流爲県を詳細に描いた観光パンフレットなのです!それを!言うに事欠いて!妖怪などと抜かすかこのバカ!バーカ!エンガチョ!」(と言いながら知事は席を離れてお茶のおかわりを持ってきました)
ギ「まあどうぞ一杯。」
心「き……恐縮です。」
ギ「とまあ、阿弖流爲県は観光者の皆様に手厚いおもてなしを提供しつつ、様々な物語を語ってくれるエンターテイメントも提供しておるのです。訪れた皆さんのチャクラを開き、第五次元の虜囚たる我々を光の待つ更なる第六次元への高みへ誘う導き手として(以下、意味不明な独語が1時間程続いたところで私は席を辞しました。私がドアを閉めてもまだ知事は一人語りを続けていたと記憶しています。)

・おわりに

上記のインタビューで読者の皆さまに正確に阿弖流爲県の真実を伝えることは不可能だとは思いますが、それでも知事の言葉を翻訳して伝えるならば、阿弖流爲県は宇宙からの訪問客に会いに行けて語り合える世界唯一の土地のようです。私が当地を訪れた際は残念ながら異星の客と巡り会えることは無かったのですが、運が良ければ「遠くの物語」にも描写のあったような、邸宅に住み着く童の宇宙人、山に住み着く男女の宇宙人、鼻の長い赤ら顔の宇宙人……の方々との交流も望めるかもしれません。
もし見つからなければ、阿弖流爲県民「エミシ」の方々に尋ねてみましょう。彼らは皆優しく、旅の人を手厚くもてなしてくれます。そしてもしあなたの旅行時間が潤沢にあるのならば、その語りに耳をかたむけてみてください。私が知事と語り合ったような濃密な雰囲気で、あなたに阿弖流爲県(と第六次元)の物語を語ってくれることでしょう。

(第六回 おわり)

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