人偽

　人偽(じんぎ)
　　　　　　　　　　　　　　　日比野心労

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　不気味の谷、という言葉がある。人間は、外見や動きが人間に近くなるほどロボットへの親愛度が高まるが、類似度があるレベルになると逆に不気味に感じる、というものだ。いま、私が目の前にいる存在から受け取った音声は、それの言語版である。単語も、文法も、およそ規則性などというものがない出鱈目に聞こえただろうか？　人偽は互いの意思疎通をこの言語でおこない、業務で連携する。また人間の言葉は理解できるが、使用者である人間とは違う存在であることを我々に強く意識させる為に、敢えてこうした言語能力を植え付けられている。
　私はこの言語が先天的に理解できる『偽語者』という翻訳能力を持った行政職員として、人偽が配置された職場に常駐し、人間と人偽との意思疎通を補助する仕事に就いている。
　人偽は器物扱いの使い捨て労働力だ。人的資源が枯渇した現代において、人間の為に働く存在として安価に生産された彼らは、出来るだけ人間の感情を逆撫でしないように人間そっくりな外見と行動様式が設定され培養されている。違うのは、十年間が限度の稼働年数と、うなじに刻印されたＱＲコード、この奇妙な言語能力だけだ。
　
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「完工日決まったから人偽の回収業者手配するぞ。各自に伝達しといてくれよ」
　ゼネコンから来た現場監督が淡々と言う。私は、数年担当した、堤防建設の為の土木作業現場における業務終了を明日に控えて、彼らに今後の境遇を伝えているが、この業務は苦痛でしかなかった。運用年数の過ぎた人偽たちに、現場撤収と共に廃棄処分となることを伝えるのは。

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　通常、人偽は与えられた指示に対し、人間と違って文句も不平も言わず従う。苦しまず、悲しまず、いつも柔らかな微笑みを浮かべながら。
　また、労働以外の時間は、彼らは人間の生活を真似て過ごす。食事も睡眠も必要としない彼らだが、製造の過程で条件づけられた『人間に過度なストレスを与えない』という規範に従って、彼らは我々が理解できない食事を作り、食べ、目を開けたままベッドに横になる。

「しゅは、しゅはと辣腕む着付け厳然、昔」
「小僧、目すれ違け飯食、日々るをお約束文護、我隠した女性ミら欄ぜそせい、いな？」
「風の食うし、ンバみます」

　私は今朝、廃棄処分になる予定を告げる最後の人偽の作業員用アパートを訪ねたが、部屋のドアの前で立ち尽くしたあと、いたたまれなくなり帰ろうとした。

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　ドアが開く。雄型の人偽が裸のまま顔を出す。彼の後ろの薄暗い殺風景な部屋の中には、雌型の人偽が裸で寝そべってこちらの様子を伺っている。人偽も恋をする。

　た私ちはだっ多多々。すこれ故ぃ消費期限、た有る。め理解るる最はの貴女蓋し、敏。残、内容証明ぱぼ氏内のみ残業、本当にいしたいは居レモン良いことだけ。誰にも無惑負けていないの身、なぜ、む。むむ表示不許可ぃるるヂャっはる？　でむ、貴女蓋し、憐憫なす慕？　ない今日隣そ寄り居る。僕エルる　シゥチみさそ固執ん愛る「しはそ」従えひ。

　私は伝えるべきことを伝えると彼の手を握り肩を抱く。彼は微笑んでいる。
　去り際に閉めたドアの向こうから、声を重ねた歌が聴こえる。
　私は廊下を歩き始めると、昇りきった朝日に眩しく目をすがめ、手のひらを向けて光を遮った。

　野ー夢らーは民派ー詩碑セイどぅー　皮脂て要る麻ら歌流んん　堕落　ポープラだ銀河ー匹ゲイル　似き滅入る伽藍　藁踏んだー　

　塗装の剥げた冷たい手すりをつたい、アパートの階段を降りる。彼の手のひらが温かかったことを想う。明日は別の現場が待っている。