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コスプレ☆羅生門

  コスプレ☆羅生門

「このウィッグの毛を、このアクリルウィッグの毛を抜いてな、耐熱ウィッグに植え替えようとしただけなのじゃ」
「だから、おばあちゃん、それって詐欺なんだってば」
 私は、しゃくりあげながらそうやって言い訳するお婆ちゃんに向かって、三度目の説明を始めた。耐熱ウィッグはアイロンやドライヤーセットができて簡単なんだけど高価、非耐熱のウィッグはそれができないから安くて、静電気にも弱いからセットが大変になる。お婆ちゃんのやってることは詐欺の片棒を担いでる事なんだって。

 私達はその詐欺業者を追って都内のこの工房を突き止めたんだけど、踏み込んでみたらそこにいたのは雇われただけっぽいおばあちゃん一人だけ。二回目の発注ということで、結構な額の金額を払ったあとで送られてきたウイッグは、(加工しまくり状態の)HP画像とまるで違っていた。怒りに震えて握りしめた明細に印刷されてた代表らしい【黒田金太郎】って名前の奴は、とっくに夜逃げした後らしかった。
「なるほどな、確かに廃棄されたウィッグの毛を抜いて別のウィッグに植え替えたことは、何ぼう悪い事かも知れぬ。じゃが、ここにあるウィッグを仕上げねば、儂は故郷に帰らせて貰えぬのじゃ」
「お婆ちゃん、騙されたのが分かってないの? 参ったな、これ警察呼んだら面倒くさいことになるっぽいね、マキナ、どうするの?」
 相方のミッシーが呆れた口調で肩をすくめる。確かに、一番最初に受け取ったウィッグは良い出来だった。けど、『気に入ったらウチのウィッグ、SNSで宣伝してくださいよ〜』って甘い言葉と一緒に送られてきた50%オフクーポンに目が眩んで、フォロワーにウィッグショップのHPをシェアしたはいいけど、あとで届いたウィッグはことごとく酷い商品。耐熱がアクリルに変わったなんてのは良いほうで、長さが足りない、色が褪せてる、酷いのはチアリーダーが持ってるポンポンをウイッグだって言い張って送りつけられたものまである始末。そして偽物ばかり掴まされたフォロワーのお陰であたしのアカウントは一時期大炎上。って、ここまでが去年のお話し。

 そのせいで、謝罪と業者への苦情対応に時間を取られて、大学在学中に起業したコスプレ衣装制作代行の仕事は滞りまくり。SNSもアカウント凍結。最近やっと信用が回復してきたなと思ったら、業者は名前を変えてまた詐欺ウイッグを販売を再開したらしい。頭にきた私が業者をとっちめてやろうと突き止めた工房には、この時代錯誤な話し方をするお婆ちゃんだけしかいなかった……ってのがいま現在の状況なんだけど……

「仕方ないなー。おばあちゃん、おウチどこなの?帰る交通費が無ければさ、それくらいは出してあげるから」
「家のことかえ。都の朱雀大路の南端に住んでおった」
「みやこ? ここ東京だけど、朱雀大路って地名あったっけ?」
「京の都もわからぬのか、おぬしも田舎者じゃな」
「いやちょっとワカんないんだけど、京都なの?」
「ここにくる前はな、今ではこの工房に住み込みじゃ」
「マジかー京都かー。新幹線代高いんだよなー。ねぇミッシー、車出せる? あたし運転するからさ……」
 それまで黙ってたミッシーが何か考え事をしてる顔で、お婆ちゃんにこう聞いた。
「ね、お婆ちゃん、前の仕事もこんなことしてたの?」
「そうじゃな、鬘《かづら》を作って何とか生き延びておったわ」
「京の都って言うけど、なんて名前の都だったの?」
「これは可笑しなことを言う。無論、桓武の帝さまが開いた都、平安京じゃ」
「……で、どこに住んでたって?」
「おぬしもしつこいのう。朱雀大路の南端、羅城門という、荒れ果ててはおるが雨露くらいは凌げる門の二階におったわい。」
 さすがにここまで聞いて、あたしもピンと来た。学校の授業で読んだやつだ。ミッシーも同じようだった。あたし達は声を揃えて言った。
「羅生門じゃん……」

 お婆ちゃんは実際の平安京からタイムスリップしてきた室町時代人だった。おまけに芥川龍之介の羅生門は史実だった。すごい。出すとこ出せばノーベル賞ものじゃない? でも、私達はそうはしなかった。何故って、お婆ちゃんの話を聞いたらそんな気にはならなかったからだ。

「んじゃ、お婆ちゃんはあの『下人』を追っかけてこの時代に来たってことなの?」
「そうじゃ。走り去ったあやつを追いかけて、光る羅城門に入った途端、見知らぬ場所に出たと思ったら、真夜中のこの街に着いておった。儂は頭が良いからの、何処に行っても逞しゅう生きてゆける。服屋らしいところの倉庫から服を盗んで裸の身体に身に纏い、あちこち彷徨っておったところ、元の時代に戻る手段を探してやると唆され、この鬘屋の黒田に拾われて、しばらくのあいだ鬘を作っておったのじゃ。儂はなんとしてでもあやつに会わねばならぬ。会って、ひと言伝えねばならぬことがあるのじゃ。」
「ってことは下人もこっちの時代に来てるってことか……。平安時代の平均寿命が三十歳から四十歳だとして、お婆ちゃんは四十歳超えた感じ?当時の栄養状況を考えると妥当か……。すると下人は二十歳前後の成人男性っぽいな……。」
 ブツブツと歴史マニアでもあるミッシーが呟いている。とりあえず何処に連れて行くわけにも行かず、私たち二人でシェアしてるアパートへおばあちゃんを連れて行くことにした。

 おばあちゃんの名前は房子《ふさこ》と言うそうだ。まあ、現代でもありそうな名前だし、そのまま呼んでもいいよね、とミッシーと同意した私は、房子さんの着ていたボロボロの服の代わりに、サイズの合いそうな服をユニクロで買ってきた。アパートでは、ミッシーが房子さんにご飯を作ってあげていた。ロクなものを食べさせてもらえなかった、という房子さんはパクパクと勢いよくご飯を食べながら、テレビに映るニュースを観ている。
「あ、おかえりマキナ。房子さん、食べたらシャワー使って着替えてみて」
「何から何まですまんの。あんたらは親切じゃ」
 食べ終わって箸を置いた房子さんは、手を合わせると大きなゲップをしてお茶の湯呑みに手を伸ばした……と、その手がピタっと止まり、視線がテレビのニュースに釘付けになっている。
『……というわけで秋開催となりましたコミックマーケット初日の今日、ここ東京ビッグサイトは大勢の来場者で賑わっています。イベントは明日も開催される予定で、最終日の日曜日にはさらに大勢の来場者が見込まれています。以上、中継でした』
「あー今日はコミケだったかー。なんか最近バタバタしてたからスケジュール間に合わなかったなぁ。ねえミッシー、次のサークル参加の申し込みしとかなきゃ……」
「おる!」
「へ?」ユニクロの袋を置いた私は、房子さんの急な大声にびっくりして変な声が出た。
「あやつが、おる……」
「?? コミケの会場に、何かあった?」
 ミッシーが慌ててリモコンを手に取る。実家から持ってきたという全番組録画対応機能付きテレビを操作して、たったいままで流れていたニュース番組のコミケ中継を再生する。西館屋上のコスプレ広場だ。コマ送りで再生する録画したての映像を、房子さんが凝視している。
「ここじゃ! ここにおる! あの下人じゃ!」
 すかさずミッシーは映像を一時停止した。コスプレ広場を背に中継しているアナウンサーの後ろに、様々なキャラの格好をしたコスプレイヤーが見える。美少女キャラやメカメカしいガワコス、コミケ名物のネタコスプレもいる。その中の一人が、ネタコスプレによくあるサインボードを掲げて時代劇風のコスプレをしていた……というか、これは、その……書かれていた文字を私たちは目に収めた。

『羅城門の下で雨宿りをする下人』

「「まんまじゃんか!!!!」」

 ミッシーと私は同時にツッコミを入れた。

          ☆

 コミックマーケット二日目の午後。私たち三人は一般参加の行列をなんとか耐え抜き、女子更衣室へとたどり着いた。秋開催になったとはいえ、まだ暑さの残るコミケ会場の熱気はすごい。温暖化の進んだ現代の私たちですらここまで来るので疲れているのに、平安時代人の房子さんはさぞかし大変だろうな……と思っていたら
「あやつに出会ったら儂は何をするかわからん。まきな、そのときはきっちり止めておくれよ」
 と、房子さんは鼻息荒くやる気満々だった。やっぱり昔のひとは強い。

 作戦はこうだ。私とミッシーは急ごしらえで作成した平安時代の庶民の衣装と共に『羅生門の上で骸から髪を抜く老婆』というサインボードを用意して、下人が私たちを見かけたらすぐに分かるようにした。それと同時に、旧知のコスプレ仲間やカメラマンに片っ端から声をかけて、『きのう会場にいたネタコスプレの【羅生門の下人】がいたらすぐ教えて!』というグループLINEを送っておいた。だいたいの仲間からはOKの返信もらったものの、『昨日見たけど、なんか雰囲気ヤバかったよ、思い詰めてるみたいで』という返信が気になり、房子さんに施すメイクの手が止まる。
「どうした、まきな。何か心配でもあるのかぇ」
「いや……仮にもだよ、羅生門の上で房子さんの身ぐるみを剥いだ男だよ? 房子さんは、その……そういうことした人にフツーに会えるのかな、と思って」
「そう。理由は分からないけど、この会場にわざわざ『あの下人です』ってアピールしに来るくらいだから、何か良からぬこと企んでいないとは限らないから。房子さん、危険を感じたらすぐに近くのスタッフやマキナに伝えてね。あたしはケンカ弱いけど、マキナは空手の黒帯で強いから……」
 ミッシーも不安そうな顔つきで衣装を整えていく。房子さんの指導と『汚し(ウェザリング)』の手法で平安時代の庶民服を再現した衣装は、当時の羅城門にいた房子さんも納得の出来だったが、ここまで再現したら下人本人がすぐ気づいて、私たちが警戒する間も無く何かされるかもしれない。
「まきな、みっしー、おまえ達は本当に優しいの。心配は分かるが、そうではない。そうではないのじゃ……」
 メイク中の房子さんが、一瞬遠くを見つめるような目でそう言った。と、私のスマホが突然震えた。連絡が入る。知り合いのカメラマンさんだ。『いたよ! いま西館のエスカレーターを上がってコスプレ広場に出ようとしてる!』
 私はその画面をミッシーに見せてうなずき合った。急がなきゃ。チャンスは逃せない。

 三時過ぎ。キャリーケースをガタガタいわせて私たちは早足で西館屋上へ向かう。何人かの来場者が物珍しく房子さんのコスプレに視線を投げかける。『羅生門』を読んだことある人ならたぶん納得してくれるであろう、檜皮色の着物を着た、背の低い、痩せた、白髪頭の、猿のような老婆のコスプレ。その老婆は、右の手に『羅生門の上で骸から髪を抜く老婆』というサインボードを持って、エスカレーターの上を覗き込むように見つめている。小雨が降ってきた。帰路につき始める来場者もいる。時間がない。更衣室も四時で閉まってしまう。

「ミッシー、また情報が来た! コスプレ広場の真ん中へんで海側を背にしたところにいるっぽい!」
「うわ。めちゃ映えるところにいるじゃん……ま、そこなら人目も多いし何かあってもスタッフが見つけやすいし。急ごう!」
 私たちは人混みをかき分けるように曇天の下のコスプレ広場を進んだ。キャリーケースや荷物を持つ私とミッシーを追い抜くように、房子さんは素早く前へ前へと進んでいく。急かされるように、焦れるように。
「ま、待って……房子さ……」
 視界が開けた。海側が一望できる場所では他のコスプレイヤー達が思い思いの姿で撮影や交流に興じている。その区画で、撮影の列ができている区画が……いた。
 あの下人だ。彼は仏頂面その場に座り込み、横に置いた『羅生門の下で雨宿りをする下人』とあるサインボードと一緒に撮影者たちのカメラのフラッシュを浴びていた。

「いいっすね〜。雰囲気出てて面白いっすよ〜!」
 事情を知らずに面白がって声をかけるカメラマンのフラッシュが瞬く。下人は撮影が終わるのを待っていた。山吹の汗袗《かざみ》に重ねた、紺の襖《あお》の肩を高くして、彼は広場のまわりを見まわした。雨風が吹こうと、もっと人目にかかる場所は無いかと探すように。
 と、その視線が一瞬止まる。下人はおもむろに立ち上がった。腰にさげた聖柄の太刀が鞘走らないように気をつけながら、藁草履をはいた足を、その視線の方向に一歩踏み出した。その先には
『羅城門の上で骸から髪を抜く老婆』というサインボードを掲げる房子さんが。
 おお〜、と来場者の列から声が上がる。再会じゃん、羅生門の再現だ、あの老婆のコスプレか、と、ところどころから感嘆の声も聞こえてくる中、下人と房子さんは互いに歩を進める。
「生きて、おったか」
 下人は左手で太刀の鞘を押さえ、右手で頬に膿を持った大きなニキビを気にしながら低い声で言った。二人のそばに追いついた私たちは、会場の喧騒にもよく通るその声に続いて房子さんが話す言葉に息を飲んだ。
「どこへ、おったのじゃ。あの晩、おぬしと別れたあと、ひとこと返事を言っておかねば、儂は、死んでも死に切れぬ。」
 雨が強くなってきた。周囲の来場者たちが慌ただしく移動を始めるなか、向き合う二人の時間だけが止まったようだった。
「すまぬ、おぬしを、連れて、逃げる筈だった。しかし、おれには、勇気がなかった。あの門を上る勇気とは全然、反対な方向に動こうとする勇気が。」
 あれれ、なんか流れが違うぞ、と私はミッシーと顔を見合わせる。視線を戻すと、下人と房子さんは手を伸ばせば届く距離まで近寄り合いながら、お互いを見つめあっていた。下人は相変わらず左手で太刀の鞘を押さえ、右手でニキビを気にして……ん、なんか違和感があるぞ……
「ねえミッシー、コミケの武器コスプレの制限って、刀ってマズいんだよね……模造刀もスタッフの判断によっては持ち込み禁止になるし……じゃ、あの太刀って一体どうやって会場に持ち込ん……」
 様子を伺っていた私が言い終わるか終わらないうちに、下人が素早く太刀を抜いて房子さんに突きつける。きゃー、と列の一部から悲鳴が上がってどよめきが広まる。いけない! 下人はあの時のように房子さんを手篭めにするつもりだ! 私は身構えて……ん? あれ? ミッシー、なんか感動してない?
「もう一度聞く。おぬしを娶《めと》りたい。返事を聞かせてくれ。云え。云わぬと、これだぞよ。」
 房子さんは恥ずかしそうに俯きながら、目に浮かんできた涙をそっと拭うと、言った。
「仕方が、無いことじゃな。」
 そして、下人が抜いた太刀の刃の代わりに、柄に刺してある一輪の薔薇を、手に取った。
 二人はひしと抱き合った。会場のあちこちから拍手が起こる。おめでとう、おめでとうという声も。
「これって、プロポーズ???」
 私は緊張が一気に解け、膝から力が抜けてその場に座り込んでしまった。拍手はまだ、続いている。

          ★

 その夜。私たちはアパートの近所にある居酒屋でアフター時間を過ごした。ささやかながら、二人の門出を祝う意味もあって、アフターパーティーにしたのだけれど……
「勘違いさせてすまなかったの、まきな、みっしー」
 日本酒の杯を美味しそうに飲み干して房子さんは言った。事実はこうだ。あの夜、羅城門の上で雨宿りしていた『都で生きてる人にお願いして髪を集めていた』房子さんは、数人の夜盗に襲われそうになっていた。そこへ意を決して踏み込んだ下人が夜盗を追い払ってくれたのだけど、互いに餓死寸前だった二人は仕方なく自分たちの衣服や太刀を食べ物に換えようとしていたそうだ。まずは自分の着物を差し出した房子さんは、下人が戻るのを待っていたけど、門を降りた下人の姿がどこにも見えないことに驚き、なぜか光っている羅城門を潜って下人を探しに行ったら、この時代にたどり着いてしまった、ということだった。
 下人の方は下人のほうで、急に別世界に来てしまって以降、身を偽りながら今放送中の大河ドラマのエキストラ役をこなして糊口《ここう》を凌ぎ、ときどき街角にあのサインボードを持って立っては房子さんを探していたそうだ。
「あのとき、おれが無理にでも婆を連れていっておれば、このような目に遭わなかった筈だったのだがな」
 この時代にいるうちに好きになってしまったという唐揚げをビールで流し込んで、下人は言った。コミケへ参加して自身の姿を晒したのは、大勢の人が集まる会場なら、あるいは房子さんの目に留まるかもしれない、と考えての事だったそうだが……
「しかし、再会して即プロポーズするとはね……あの薔薇の仕込みも思いついたなんて、キザだよねえ」
 房子さんの杯に注いだ日本酒を自分の杯にも注いでミッシーは言った。お酒に強いミッシーは、同じく強い房子さんとここまで何度も杯を重ねている。
「んで、元の時代に戻る方法はあるんですか……?」
 私は、幸せな二人にこれまで聞くのを憚ってきたことを聞く。すると、二人は顔を見合わせて、房子さんが申し訳なさそうに言った。
「実はの、それが皆目検討つかぬのじゃ。それでの、二人で話し合って決めたんじゃがの、まきな、みっしー、交換条件といかんか」
 私たちの頭上に?マークが浮かぶ。
「儂らはこの時代で生きてゆくことに決めたんじゃ。幸い、下人の役者の仕事も良い評価が貰えとるそうじゃし、儂も鬘の仕事がおもしろうなってきての。これを機会にこの時代で生計を立ててみようと思ってな。ま、あの時代に戻ったとて、待っておるのは戦乱の世じゃろ? だったらこの時代でふたり生きてゆく方がまだ良いと思っての。」
「おれからもたのむ。いま、おぬし達が住んでいるアパート、そこをおれ達に譲ってはくれぬか。その……おまけに、借りるときの保証人……とやらにもなってくれると有り難い」
「もちろんタダでとは言わぬぞえ。いま儂が住み込みで暮らしておるあの工房、あれ実は儂の名義になっておるんじゃ。黒田の奴が夜逃げするときに、証拠隠しで無理やり名義を儂の名前にしてな。アパートの代わりにあそこを家賃無しで好きに使ってもらって構わん。あそこ、なかなかええぞ。おぬしらの衣装作りにも役立つし、三階建ての建物ぜんぶが使えるようになっておる。儂らふたり暮らすには広すぎるし、住みながらおぬしらの仕事するにはもってこいとは思うのじゃが、どうか、頼まれてはくれぬか……」
 そう言うと房子さんと下人は一緒に頭を下げた。急な展開にぽかーんと開いた口が塞がらない私たちは、顔を見合わせると苦笑してこう言った。
「きっと、そうですね。もちろん、喜んで。」

 こうして私たちは、コスプレ衣装作成の事務所と工房、おまけに住居も同時に手に入れた。おかげさまで法人化も果たし、開設したばかりの会社を少しずつリフォームしながら、毎日忙しく衣装製作と営業に励んでいる。
 詐欺犯の黒田は、昨日やってたニュースで捕まったとと知った。それによると、ウイッグ詐欺なんてメじゃ無いくらいに悪質な詐欺グループにも関わっていたそうで、これから長い刑務所生活が待っているんだろうな、と、私はミッシーとふたり安堵のため息を洩らした。
 房子さんも、たまに私たちの事務所を訪れては近況報告と、新作のウイッグのサンプルを置いて行ってくれる。最近はこの時代に慣れて健康状態も良くなったのか、世間でいう四十台女性相応の見た目になっていて、おばあちゃんと呼ぶのも失礼なのかなと思うようになった。(何より、着けてくるウイッグの出来が良くて、この前見たときはミッシーが『どこの女優さん?』なんてびっくりしたものだ)
 下人は、エキストラ役の演技が評価されたのか、芸能事務所に入って役者業に専念するそうだ。『遅れてきた大物時代俳優』なんて二つ名がついて、ドラマや映画の仕事も増えてきたそうだけど、彼の過去や来歴は一切の謎に包まれていて、『そのミステリアスな見た目と個性も人気にひと役かっておるのじゃろ』と房子さんは惚気ながら言っていた。

 だってそうじゃない? 私たちだけが、あの人が誰かを知っている。下人が誰かは、誰も知らない。

        (おわり)

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