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夜渡り

 (古賀コン6参加作品)

 世渡り人は旅をする。ナップザックをひとつ背負い、丈夫なズボンに長ぐつ履いて、狐の相棒、コンを連れ、あちらの世界へ、こちらの世界へ。
 世渡り人は夜を渡る。広い野原に高い山、大海原に深い谷。あの街この街トコトコ歩き、狐のコンをたまに抱き、あっちへこっちへ夜を巡る。

 あの夜の村では、ひもじくしていた自分とコンに、おいしいシチューを恵んで貰った。木枯らし寒い夜だった。牧場の小屋の藁布団、コンとふたりであっためあって、黒い夜空に夢をみた。空に瞬く星いつつ、梯子をかけて飾る夢。

 目覚めて起きたら別の夜。

 その夜の海は荒れていた。嵐に弾かれびしょ濡れで、縦横ゆれる船の上、船長も水夫も大慌て、甲板にかぶる波しぶきを、みんなで掻き出し疲れ果て、やっと落ち着く船の舳先、コンがちょこんと立っていて、真っ暗な海を眺めてた。どこにいるかも知らぬ船、行き先迷うと困るので、東西南北それぞれに、金貨を投げて星にする。きらきらきらめく星よっつ、船長さんもひと安心。

 港に着いたら別の夜。

 高い高ぁい夜の山。三つの峰の頂上で、怪我して動けぬ登山者たち。それぞれ旧知の友人で、三つの山を登ってた。俺たちゃもう動けない。たのむ、あいつらに、俺は元気だよと伝えておくれ。世渡り人はうなずいて、コンが咥えた石ころを、磨いて磨いてピカピカに。それッと夜空に放り投げ、三つの山よりもっと高く、夜空に輝く星みっつ。見上げる登山者ほっとして、それぞれの山で眠りにつく。

 山を降りたら別の夜。

 静かな雪の平原で、焚き火で暖をとっている。コンと二人で身を寄せ合い、うとうとし始めその頃に、足を引きずり来た二人。逃げてきたの、と手を取り合って、焚き火にあたる少年少女。あかぎれしもやけその他に、コンが舐めてた鞭の痕。遠くに見える松明の群れ。早くおいき、と二人に持たせた、暖かく赤い星ふたつ。吹雪き始めた地平線、ふたつの星が沈んでゆく。

 吹雪が止んだら別の夜。

 眩しい光の谷の底。夜の都会のその下で、トコトコ歩く世渡り人。行き交う誰もが悲しくて、怒って泣いて困ってる。こんなに街は明るくて、こんなに街は賑やかなのに、みんな暗くて沈んでて、誰もが誰もを見てないね。世渡り人の問いかけに、クゥ?とひと鳴きコンが跳ぶ。ビルの足場をぴょんぴょんと、高い高ぁい電波塔、そのまた上のてっぺんで、頭に葉をのせコンと鳴き、くるっと回って化けてみる、大きな大きなお月様。街の灯りの星々の、いちばん上のてっぺんで、みんなが顔上げ見つめてて、綺麗ね、すてき、と語り合う、まあるいまあるい星ひとつ。

 街を出たなら別の夜。

 世渡り人は旅をする。狐の相棒、コンを連れ、あちらの世界へ、こちらの夜へ。
 世渡り人は夜を渡る。広い野原に高い山、大海原に深い谷。あの街この街トコトコ歩き、狐のコンをたまに抱き、あっちへこっちへ夜を巡る。

         (おわり)

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