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かぐやSF2落選作「カラーアンサイクロペディア第一版序文」

 カラーアンサイクロペディア第一版序文

        日比野 心労

 ──「カラーアンサイクロペディア」(2022年版)序文より以下抜粋。

 ……というように、全世界で同時多発的に発生した色彩失認パンデミック「色彩無明時代」は、人類社会に以下のような混乱をもたらした。
 まず最初に打撃を受けたのはデザイン業界であった。色指定をする際の国際規格という概念が認識できなくなり、これまでのマンセル表色系やRGBカラーモデルなどのあらゆる指標は色彩との関連づけに際して混乱をもたらすものでしかなくなった。
 デザインの現場では手持ちのカラーチャートを直接見せ合う事でしか意思の疎通ができなくなり、クライアントとの間でも互いの齟齬が回復できない事態ばかりが増え、業務遂行能率が著しく下落したデザイン会社は次々と倒産していった。
 工業界にも多大な影響を及ぼした。色指定ができず均質なカラーリングができなくなった為、商品の生産ロットによって色のバラつきが生じ、(実際の品質に何ら問題は無かったとしても)消費者からの苦情と返品が飛躍的に増大し、生産体制と品質チェックは根本的かつ絶望的な見直しを迫られざるを得なかった。
 印刷・出版業界でも色彩無明時代の影響は大きかった。デザイン企業の相次ぐ倒産を受けて現場の業務は混迷を極め、妥協案としての印刷物におけるモノクロの比率は急激に増加していった。印刷物や書籍、WEB上からは色が消え、またテキスト内でも色を表現する言葉の使用頻度が落ちていった。誰も色名称からその色彩を想像することができなくなっていたからである。
 認知医療の現場では様々な試みが行われた。外科手術、言語療法、セラピー、果ては光学論理認識インプラントの脳内埋め込みまでが試されたが、その全ては色彩認知の改善には及ばず、色の名称を既存の言語、もしくは記号で表現し理解する能力は人類から失われてしまった。

 このように人類社会の様々な活動において、色彩の認知能力消失が及ぼす影響は多大であった。それは経済活動にだけ混乱と停滞をもたらしただけでなく、人類の精神性にも「無明」と呼べる時代が訪れたようなものだったのである。
 誰もが主観でしか色彩を表現できなくなった時代、他者との関係性においても変化が起きた。個人の主観が絶対的な評価基準になり、「私の見えているこの世界が唯一無二のものだ」とする唯我論が世界の思想の基底となっていった。寛容や多様性の概念はその価値を失い、世界には妥協と諦念が渦巻いた。「創世記」にあるバベルの塔の崩落にも似て、「色」を表す共通の言葉と記号を失った人類は、緩やかに無明の中に堕ちていくかのようだった。

 転機が訪れたのは20XX年である。
 この年の三月、日本において未曾有の地震災害が発生し、多数の地域で建物の倒壊が発生した。当時、被災地に住んでいた地元出版社社長、石川彩子もその被害を受け、倒壊した自宅の一室で脚を家具に挟まれ身動きができない状態であった。彼女はのちに自身の手記で当時のことをこう述懐している。

 

──から40時間以上が経過し、手元にあったペットボトルの水も底をついた。このまま救助が来なければ私も死ぬのかな、死ぬなら楽に死にたいな、と思い始めたその時、誰かいませんか、と叫ぶ声で私は正気に戻った。います、ここにいます、良かった、このままでは助けに入れないので、今救助の連絡を入れました。もう少し待っててください。そんな会話を交わした後、私は急に、その人が次の救助活動に行ってしまい自分がここに取り残される想像に恐怖を覚えた。何か、何か話をしてもらいたい、あなたにここにいて欲しい、そう強く思った私は、何故かこんな事を口にしていた。
「いま、外はどんな色をしていますか?」
 声の主は私の気持ちを察したのか、瓦礫の上に腰を下ろす音が聞こえた。そしてしばらくの沈黙のあと、こんな色を私に語ってくれた。
「いま、外は夜明けを迎えています。東の空が少しずつ明るくなって、何処からか鳥のさえずりが聴こえています。空気は冷たく肺を刺しますが、陽の光がそれにゆっくりと暖かさを加えてくれています。まだ生きてて良かった、また朝を迎えられて良かった。そんな色です。」
 その人がどんな人だったかはよく覚えてはいない。でもその時、私、いや私たちは、世界に失われていた色を、また発見したのだ──


 救助された石川は自身の出版社を建て直し、この時の体験を元に「色」を名称や記号番号を使わずに叙述で表現した詩集を出版する。知人の詩人に企画を呼び掛けたところ、賛同者が集まり、百数十種類の色についての叙述が揃ったのだ。
 初版は微々たる売り上げだった。しかし、この企画に賛同した各方面の著述家達は、それぞれのやり方で支援を表明し、追補改訂を重ねるごとに発行部数は伸びていった。
 掲載色が千種類を超えた頃、英訳の申し出があり、石川はこれを快諾した。翌年発行された英訳版は全世界で話題を呼び、日本の地方発の出版としては異例の世界的なヒットを記録した。
 そして改訂版が二十を超えた時、世界15カ国の言語で出版された詩集は発行部数1億冊を突破した。これは詩集としては初のギネスブックに載る社会現象となり、石川は一躍時のひととなった。
 ここで石川はある事業を立ち上げる。詩集の売上で得た資金を元に、WEB上で「色」を叙述で説明する為の編集フリーな多言語色彩百科事典サイトを開設したのだ。これは非営利財団として石川が資金を投じたものであり、世界各国からは賛同と共に資金提供がなされ、各地の言語サポートも盛んに行われた。
 かくしてWEB版「カラーアンサイクロペディア」は正式にサイトをオープンさせた。「エンサイクロペディア」ではない理由については、石川はこう述べている。
 「私は、このサイトを百科事典的なものにはしたくなかったんです。客観性だけでなく、主観性だけでもない。非百科事典的な性格を帯びることで、見る人、編集する人に色についての想像の余地を残したい。そして、誰もが自分のことばで色を語ることと誰かのことばで色を語ることについての規範という堅苦しい枠を取り除いていきたい。それが、この名称に込められた唯一の願いです。」

          ※

 本書は、WEB版カラーアンサイクロペディアの内容をほぼ網羅し、2022年1月時点での内容を反映した書籍版カラーアンサイクロペディアである。WEB版との違いは、印刷における色彩のパターンを可視化した点、叙述内容を点字併記した事により視覚障害者へも叙述内容からの色彩の理解を促進した点である。
 今回の版が初の書籍化という事もあり、WEB版との違いに戸惑われる方もおられるとは思うが、叙述に対しての編集意見、追加説明、新規叙述の追加等に関しては、巻末のサイトURLもしくは付属のハガキで随時受け付けている。皆様の叙述が、また新たな未来の色彩を生む。全二十巻合計一万六千ページというボリュームではあるが、皆様の色彩についての多様な見方の一端に触れていただければ、これ幸いである。

          ※

 ◯ 本書の使用方法 ◯

 ①巻頭のカラー図版の色彩サンプルを参照し、当該ページの記述をお読みください。記述の内容にご納得されない、別のご見解がある場合は、当編集部にご意見、追加叙述をお寄せ下さい。次回版において反映させて頂きます。

 ②任意の記述をお読みいただき、当該色を巻頭の色彩サンプルよりお選びください。叙述に適するとお考えの色がございましたら、その色の印刷物、彩色物、サンプル、写真・画像などを編集部にお送りください。次回版において反映させて頂きます。

     (使用例)

 参照:巻頭色彩サンプル264番

 該当ページ 322P

 ・夕焼けの遠くの空で繋いだ手確かにあった君の体温

 ・みんなとあそんだかえりみちにみました。おなかがすいてばんごはんがたべたくなるいろです。

 ・夕方になると太陽光線の入射角が浅くなり、大気層を通過する距離が伸びる。すると太陽の長波長光線が散乱され、陽が沈む方向の空がこの色に染まって見えることになる。

 ・核の炎に灼かれる空。取り返しのつかない終末。
 
  ・何かを待ってた筈なのに
  それが何だか分からなくて
  でも悲しいわけじゃなく
  またいつか出会えるって事だけを
  思い出させてくれる色。

 ・いちんちの仕事が早めに終わってよお、家に帰んだよ。そうすっと、おれのかあちゃんが晩めしつくって待っててくれんだよなあ。んで、縁側でよお、ふたり並んで座って焼酎いっぺぇやりながら見るこの空の色がきれぇでよお。
  また明日っから頑張るか、って、思うんだよな。(原文ママ)

 (以下省略)

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