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メルティング・ポット
衣擦れの音とあなたの寝息の音しか聴こえない夜。あなたは毛布にくるまって相変わらずの寝相でスースー寝ている。
十数年ぶりの大雪、外にも出られず何もする事のない休日。あなたは朝からワインでも飲みましょうと言ったけれど、私はそれをたしなめて紅茶を淹れた。ダージリンのいい葉がゆっくりと開いていくのを眺めながら、頬杖をついて退屈そうなあなたに、今日はどうしようね、と私は微笑みかける。
リビングのソファーにあなたが身をうずめ、私はあなたというソファーに身をうずめて。午前中はそんな格好で雑誌や本を読んだりで。たまに私の頭のてっぺんを、あなたが書見台にするので、私はわざとあなたに身体を押し付けて揺さぶる。あなたは笑う。ストーブが燃えている。何かのスイッチが繋がり、私たちはソファーの上で愛を交わす。
午後は光の奔流だ。降り終わった雪が青空の下で煌めいている。あなたは押入れからスキーウェアを引っ張り出して着ると、いきませんか、と私の手を引く。マンションの玄関を出ると、おへその高さまで積もった雪にあなたはダイブする。もふ、という音のあとで、カートゥーン映画みたいな人型の穴があく。お次、いいですよ、とあなたが言うので、私はその穴をめがけてダイブする。空っぽで、不在で、残像だけのあなたを抱きしめる。雪に顔を押し付けて、冷たいあなたの唇に誰にも見えないキスをする。
夜が来ると不安になる。別に明日が怖いわけじゃない。昨日が辛かったからじゃない。ただ今日が、今日だけで終わってしまうことが無性に悲しくて、テーブルに置いたワイングラスにひとつぶの涙が落ちるのをあなたは優しく無視をする。そして向かいの席から私の隣にそっと座って、なんにも言わずに私のグラスを飲み干してしまう。あ、それ私の、と口を開きかけた私に向かって、あなたはわざと意地悪く笑う。
あなたは眠っている。ふたりが溶けてひとつになってしまいそうだったベッドの中で。あなたは夢をみている? 私たちが熱く絡んだ坩堝の中で。雪はまた降り出したみたいで、ベランダから見えるあなたの残像をゆっくりと覆ってゆく。ふと聴こえてきた、くつくつと何かを煮るような音があなたの鼻息だと知ると、私は声を押し殺して笑い、そっとベッドに潜りこむ。ふたりだけのメルティング・ポット。休日だけの、ふたりの坩堝。
(完)