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海外観光客向け〈オルタナティヴ・ニッポン〉都道府県観光ガイド(第二回)

・はじめに

世界の皆さんこんにちは。私はニッポン在住の旅行ライター、日比野 心労です。

連載第二回目の今回は、ニッポンの誇る観光地、「元京都」を取り扱いたいと思います。なお、ニッポンの行政区分では元京都は「府」であり正式には元京都府と表記すべきなのですが、今回は在住者の意見を尊重し、元京「都」という記述に統一させて頂きます。ご了承ください。

第二回 元京都(観光難易度:1【易しい】)

・元京都観光開始時の注意点

本京都から直通の新リニア幹線で50分弱、あなたが元京都中央駅に降り立つと最初に向かわなければならないのは入場者専用貸スニーカー配布場です。ここであなたは、それがどんなにお気に入りの靴であろうがそれを脱いでカウンターに預け、元京都観光専用のスニーカーに履き替えなければ、元京都への観光は叶いません(拒否者は入場申請が通りません)
ご安心ください。このスニーカーは実に履き心地が良く、アレルギー対応も完璧。徒歩での観光がメインとなる元京都観光においては頼れる相棒になってくれます。
また、バリアフリー対応も充実しており、各種観光用電動車椅子(段差対応機能付き)や、ペット同伴の観光者にもペット用の履物などが用意されています。これは皆、「すべての観光客に快適な旅を体験してほしい」との元京都観光統括局の無償のサービスになっているのです。
履いて歩いてみると実に快適な歩行感なのですが、一点だけご注意を。歩いていると靴裏のアウトソールから無色透明な液体が染み出し、歩くたびに路面に濡れた足跡が付きますので、衣服につけて汚さないようにだけご注意ください。(車椅子やペット用の履物も同様の仕様になっています)

次に、靴カウンターに併設されている元京都観光統括局ガイドコーナーにおいて、観光日数の申請と観光ルートの割り当て申請を行ってください。局から割り当てられるこのルート設定が無いと、ただでさえ膨大な元京都の名所旧跡を効率よく回るのは不可能である、との局からの丁寧なサービスになっています。
あなたの希望は若干は取り入れられますが、基本は観光統括局の指示に従う方が無難です。あまりにも局の指示とあなたの希望が食い違う場合は、現地住民からの満足なサービスが得られない場合がありますのでご注意ください。なお、その場合の逗留中の飲食物はすべて「ぶぶ漬け」という現地の最低ランクの食事になります。
このように、元京都観光においては「管理された観光」が徹底されていますが、当局からは、増え続ける観光客に対応し、景観保護や観光客の集中による騒々しい観光を防ぐ為、との説明があります。決して不信感を抱かず、観光中もルートを逸脱せずに当局の指示に従ってください。それさえ守れば、快適かつ安全、そして元京都の持つ歴史と美に浸れる素晴らしい滞在体験となることを、当局は約束してくれます。

もちろん、元京都観光統括局の狙いは他にあるのですが。

・元京都観光の見どころ

もしもあなたが日本の京都を観光した経験があるのであれば、しばらく観光された後でこんな感想を抱くでしょう。「まるで日本の京都と同じだ。でも、どこかが違う」と。
一例としてルート指定された観光地を順に見てみましょう。
・金閣寺→清水寺→平等院鳳凰堂→嵐山渡月橋→伏見稲荷
これが半日コースです。どうでしょうか。あなたのお手持ちの地図と比較してみてください。このコースをすべて徒歩で回る、しかも半日で……というのは無理なように思われますね。ところが、元京都ではそれができるのです。
元京都では、各種名所旧跡は効率的かつ幾何学的に配置されており、すべて徒歩圏内で回れるようになっています。それでいて、景観は日本の京都と寸分違わず同じであり、もちろん建造物の構造や歴史的価値も全く同じです。あなたはその美しさに驚愕し、風景と一体になった名所旧跡の情感に、静かな感動を覚えることでしょう。
ただ一点、建物内部に入ることは固く禁じられています。もし違反があった場合は直ちに観光統括局の職員があなたを拘束し、記憶改竄処理を施したあと自国へ強制送還となりますので十分にご注意下さい。
それさえ守って頂ければ、定められたルートを徒歩で快適に歩き、うららかな晴れの日も静かな雨の日も、穏やかな元京都観光ができることを、当局は約束しています。

もちろん、元京都観光統括局の狙いは他にあるのですが。

・観光を終え出発に際して

指定されたルートを巡り、元京都中央駅に戻ったら出発手続きをとりましょう。靴などをカウンターに返却し、再び元京都観光統括局ガイドコーナーに向かいます。簡単なアンケートと、とある文章の筆記(必ず肉筆で行ってください)を済ませたら出発手続きは終了です。お疲れ様でした、またのお越しをお待ちしております、との観光統括局職員の温かい声に見送られ、あなたは元京都を出る電車に乗ります。
あなたは遠ざかる元京都の城壁を眺めながら思うでしょう。「そうだ 元京都、行こう」と。
行きたくなる土地、元京都。歩きたい元京都。美しい元京都。元京都とは、どんな所なのだろう?観光統括局はそんな思い出を、あなたにお土産として持たせてくれます。

もちろん、元京都観光統括局の狙いは他にあるのですが。

・元京都の真の機能について

ここまでお読みになった方でお気づきになった方もいるかもしれませんが、元京都という観光都市は徹底した管理がなされている都市です。盆地である立地の外郭は高い城壁で囲まれ、都市に繋がる道路鉄道は全て検問が敷かれています。また観光客の行動の自由はほぼ無く、現地住民は必要最低限のおもてなしで訪れる人を迎え入れます。ではなぜ元京都はここまで徹底した統制が為され、にもかかわらず観光客を惹きつけてやまない都市であるのか?

答えを急ぎましょう。元京都とは、都市および景観それ自体が「巨大な呪術コンピューター群」なのです。

私、日比野 心労が過去数年間にわたる調査を行った結果、元京都は観光地であると共に、超高度な情報処理機能を備えた一大データ処理システムであり、全地球上の情報演算能力の約50%を占める情報処理能力を有する巨大コンピューターである、ということが判明しています。そして更に言うならば、元京都とは、陰陽道(いわゆる魔法のようなものです)を情報処理装置に組み込んだ世界初の都市として、世間から秘匿しながらその歴史を刻んできたのです。
以下、前述の観光の行程をポイント別になぞりながらその解説をしていきましょう。

まず、皆さんが観光で巡る名所旧跡は全て巨大コンピュータ群を稼働させるためのハードウェアです。例えば、黄金に輝く金閣寺は補助コンピュータ用の巨大なSSD(ソリッドステートドライブ)です。全身を伝導性の良い黄金で被覆したSSD金閣寺の内部は元京都の企業が開発した新素材シリコンで満たされており、補助コンピュータの高速化に役立っています。
例えば三十三間堂は無数の自律型AIロボット仏像を格納する施設であり、観光客の居ない夜間はAI仏像が各所に赴き情報処理に従事する人間のサポートをしているのです。
建物内部への侵入に対する厳しい規制は、全ての名所旧跡は上記のような高度な技術施設であるため、情報の漏洩や物理ハッキングを防ぐために設けられているものなのです。
そして陰陽道と情報処理の融合という点ですが、皆さんが元京都へ入場する際に履いた靴、あれは何だったんだと思われる方も多いとは思いますが、その靴を履き指定されたルートで元京都の街路に足跡を記すことで、透明な液体に混入されたナノマシンが街路の回路に浸透し、元京都の街に陰陽術の術式回路が刻まれることになります。詳しい説明は紙面の都合上省きますが、その術式が陰陽道の神々とのゲートを開き、巨大コンピュータ群に必要な諸々の構成要素を召喚しているらしいのです。
具体的には調伏(術式によって捕らえた)した魔物を生体ハードウェア素材としてコンピュータに組み込んだり、五行の力を演算能力に変換して量子光学に流用していたりするのですが、それら必要なエネルギーや動力を生み出す巨大術式は全て、何百万人もの観光客の歩みが刻む足跡で構成されているのです。
非公式ではありますが、元京都の住民はこのコンピューター運用システムを「陰陽ゲートウェイ」と呼称しています。
陰陽ゲートウェイは演算処理に用いられるだけではありません。処理が用いられる際の発熱を利用した発電や冬季の暖房などにも使用されているのですが、より重要な使い道としては「元京都の管理サーバーに侵入したハッカーを呪い殺す」という大変直接的な効果のある情報防壁機能が備わっています。これは、生成された術式回路がサーバーに侵入しようとしたハッカーを自動感知し、その元へ式神と呼ばれる使い魔を送り込み呪い殺すというものです。呪いの効果は絶大で、現在までの被侵入率は0%を記録し続けているそうです。
このような鉄壁の防壁技術を所有しているためか、重要情報を防衛保全するビジネスは元京都の主要産業のひとつであります。海外の顧客も多く、次回のアメリカ大統領選挙においてはデータ管理サーバーを元京都に委託設置することが既に決定しています。
とはいえ、物理的にスパイなどの侵入を許し、重要情報を盗まれた場合はどうするのでしょうか。ご心配無く。そのための防護手段が出発の際にあなたが書いたとある文章なのです。
これは陰陽道におけるある種の呪文になっており、それを肉筆で書いた人間の元京都に関する短期記憶と保有している記録機器の電子的・物理的な記録を抹消し、なおかつ元京都への関心を増幅する効果があります。このため、盗んだ情報の持ち出しは事実上不可能になっており、かつ、元京都を観光したという記憶も忘れてしまいます。ですが、元京都に関する興味の感情だけは増幅されるため、あなたが何度元京都へ行ったとしても「そうだ 元京都、行こう」という心理状態が形成されるのです。
(なお、このキャッチコピーは十数年前に考案されCMで好評を博したものですが、現在はサブリミナル効果の存在が確認されており、ニッポン政府による「言霊禁止法」に抵触するためCMの公開閲覧は不可となっています。)

・おわりに

以上のように元京都は情報都市としての機能と呪術都市としての機能をハイブリッドさせた世界でも類を見ない特殊な都市として栄えていますが、これは近年始まったことではありません。遠く昔、今から1,100年前にニッポンの首都はこの元京都でしたが、その時代のある陰陽師(魔法使いのような存在です)がこのシステムの礎を築いたことはあまり知られていません。名を「安倍曇暗」(あべのどんあん)と言うこの陰陽師は、木工の機械仕掛けのコンピューターで算術を極め、陰陽道の秘術を利用してそれを元に様々な現象を解析し、時のニッポン皇帝に政策を具申したそうです。その後、革命が起こり首都機能は本京都に移りましたが、今でも元京都の住民は「自分たちはニッポンの(そして世界の)全ての情報を握っている皇帝である」と自負しており、その名の通り「元祖」京都であると言う誇りを胸に抱いて生活しているのです。
古の技術を連綿と受け継ぎ、更に新たな可能性を追い求める千年都市。今やGAFAを凌ぎ情報産業界をリードする元京都は、観光に訪れたあなたの力を必要としています。

なお、この元京都の秘密を暴いた記事を書いた事で、私への元京都当局からの追及をご心配される読者もいらっしゃるかも知れませんが、大丈夫です。この記事データは元京都内部のレンタルサーバーに保管されており、絶対の情報保全機能に護られていますので元京都当局ですら侵入できません。また、記事を読まれた読者の皆様が元京都に行っていただければ更に秘匿の確実性は増します。

あなたは元京都に関するこの記事の存在も忘れるでしょうから。

(第二回 おわり)

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