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あおがかきたい

 (第一回NIIKEI文学賞エッセイ部門応募作)

  あおがかきたい
              日比野心労

 僕は新潟県の西の端、糸魚川市の、かつては青海町という名の町だった所で暮らしている。父は町の陶芸家で、僕が小学生くらいのときは青磁の作品を作ることにこだわりを持っていた覚えがあり、作品作りに行き詰まると、僕と2歳下の弟を連れ立って、釣れもしない浜釣りによく連れて行ってくれた。日曜日の夕暮れ少し前、砂利浜の向こうは微かに雲がたなびく日本海で、「晩ごはんの心配はするなよ」と母に見栄を張った父は、煙草を咥えながら、あおい空と海を交互に眺めていた。

 午前中、焼き上がった青磁の皿をしばらく見つめたあと、工房の裏手でそれを何枚も叩き割る姿を見ていた僕は、童心ながらも父にかける言葉を探していた。弟はもう釣りに飽きて、一緒に握っていた竿から手を離して砂利を拾っては海に投げている。竿から伸びる釣り糸は微動だにしないまま波間に漂っていた。

「お父さんがつくりたい青磁の色って海の色? 空の色?」
 おずおずと、しかし少し背伸びしたように僕が聞く。父は火のついていない煙草をぴこぴこ動かして言った。
「そうだなぁ。どっちだろうなぁ」
 静かに笑いながら父はリールをまわす。あおい波がとぷんと揺れる。「つれたー!」弟が歓声をあげる。釣れたのはあおい背をしたクサフグだった。僕たちは夕焼けはじめた海を後にして魚屋へ向かった。

 お父さん。もう、あのときの答えは貰えないまま、形は違えど僕も何かを作ることを始めています。あなたが苦々しく皿を叩き割ったように、僕も書いては消し、消しては書き、僕だけのあおいろを探しています。青色、水色、藍色、青藍、薄花色、深藍、紺碧、孔雀青、薄浅葱、紺青色、千草色、青碧、紅掛空色、露草色、群青色、瑠璃色、スカイブルー、ターコイズブルー、ウルトラマリン、インディゴ、シアン、セルリアンブルー、マリンブルー、どれも、どれも違うのです。

 あなたが悩んだように、あなたが迷ったように、たったひとつ、たった一色、僕だけのあおいろが書きたい。

 魚屋で買ってきたのは、あおい腹をした鯵だった。母はそれを受け取ると、一瞬父を見てすこし笑って、さっそく鱗とワタを取り始めた。
 夕ごはんは青磁の皿に盛り付けられた鯵の刺身。父は少しだけ食べた刺身をビールで流し込むと、ばつが悪そうに頭を掻きながら玄関を出て、工房へと歩いて行った。
 

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