ひらけ! 天の岩ポーゥ!
ひらけ! 天の岩ポーゥ!
日比野心労
むかしむかしのおはなし。
太陽神であるアマテラスは「天の岩戸」という洞窟に隠れ、世界は暗闇に包まれた。事を重く見た知恵の神オモイカネは、八百万の神を集めて様々な儀式を行い、アマテラスに出てきてもらおうと工夫をするが、どれもこれもが失敗続き。いよいよ切迫詰まったオモイカネは、力自慢のタヂカラオ、呪術に長けたフトダマとアメノコヤネを呼びあつめ、最後の手段を取ろうとしていた。
「あー、みんなに少々残念なお知らせがあるんじゃが」
深刻な顔でオモイカネが口を開く。
「んだよオモイカネの爺さん。いつも通りの筋書きで、フトダマにヤタの鏡とヤサカの勾玉を持たせて、アメノコヤネに祝詞を唱えさす。そのあとで、その、あのグヘヘ」
だらしなくヨダレを垂らしたタヂカラオを、フトダマとアメノコヤネがスパン! とスリッパでぶっ叩く。
「アメノウズメちゃんのことをそんな目で見るなエッチ」
「そうだぞ変態。脳筋バカはこれだから困る」
なにおぅ、とケンカ腰になりかけるタヂカラオを諌めるように、オモイカネはゴホンと咳払いをして言った。
「んーとね、アメノウズメちゃん、コンプラ違反で古事記出禁になっちゃった」
テヘヘ、と木陰から人影がおずおず出てきた。その姿は胸に「あめの」と白い布で名前を貼った上下ダサジャージ姿の女神、アメノウズメだ。
「み、みなさーん、神アイドル、アメノウズメちゃんですよー。てへへ……」
「どしたのウズメちゃん、いつものハッスル衣装は? 乳プリー尻ボーンのアレが無いと、その……」
明らかに落胆した様子のタヂカラオが肩を落とす。見かねたオモイカネが口を開いた。
「度重なるセンシティブ判定により、アメノウズメの衣装はコンプラ違反でお蔵入りになったんじゃ。
よって、今回のアマテラスチャレンジは彼女抜きでやる」
泣きそうな顔のタヂカラオを押し除けて、フトダマとアメノコヤネのコンビがずいっと前に出た。
「任せてくださいオモイカネ様。こんなこともあろうかと準備はしておりました」
うむ。と謎に納得したオモイカネは二人を祭壇の前に案内し、一緒に何やら祝詞を唱え始めた。
『異なる世界の舞の達人、かしこみかしこみお願い申す。くらやみに悩む我らの元へ、世界で一番の踊り手をもたらしたまえ……ポコペンプコルペポニッチョイッチョ……』
祭壇から煙が立ち上る。フトダマは勾玉を、アメノコヤネは鏡を掲げて一心不乱に祝詞に続いた。そして三柱の神の祝詞が揃ったその瞬間! 祭壇が爆発して土煙が空高く舞い散る!
「成功じゃ! さて、どんな神がここにいらっしゃるのか……」
わくわくしながら見守るオモイカネ以下三柱の神。土煙が収まると、そこには一体の人影が立っていた。
「なんじゃ……この細っちょろくてギラギラで身体にピッタピタな衣に身を包んだ男神は……」
「見てみろよあの髪型……クシャクシャなワカメでも貼り付けたみたいな……」
「ねぇ、それよりあの目、真っ黒のタレ目で、周りが見えて……」
と呟いたアメノコヤネの方へ、男神がキッと向き叫んだ。
「ポ───────────ゥ!」
ヒッ! うぁッ! とたじろぐ四柱の神。腰を抜かしてへたれこむオモイカネは、それでも気力を振り絞って神の名を問う。
「あ……あなたの……お名前は……」
男神は身じろぎひとつもせず、オモイカネを真っ直ぐ見つめて言った。
「マイコゥー。マイコゥー……ジャクスン。」
突然にベース音が鳴り響く! 吹き飛んだ祭壇の地面からライトに照らされたステージがせり上がり、吹き出してきたスモークに包まれた彼は叫んだ!
「アオゥ!」
デンデン デデデンデン デデデンデン デデドンドンデンデン デンデン デデデンデン デデデンデン デデドンドンデンデン
「シュクチャク!」
クルクルと小気味よく回転する彼の身体が、ときおりビッと止まり、叫ぶ声と共に伸び、跳ね、舞う。思わず見惚れていたオモイカネが、ハッとして聞いた。「あ、貴方はマイコーと仰った! すると、舞子……舞の王なのですか!?」
ひとしきり歌い、舞い終えた彼は、ビシっとガニ股に開いた股間に手を当てて、アオゥ! と答える。
「なあオモイカネよ、これ、別の意味でコンプラ違反なんじゃ……」
と呟いたタヂカラオの頭をスリッパでスパァン! とはたき、フトダマが鏡を彼の前に押し立てる。
「舞子さま! これをお使いください!」
鏡に映る一人の男……マイコーはひとしきり己の姿を眺め、「マン・イン・ザ・ミラー……」と呟いたあと、かけていたサングラスを外し、その澄んだ目で周りを見渡す。
「舞子さま! 我々を、助けてくださるのですか?」
「ヒィッヒー」 彼は深く頷いた。
そして高く掲げた手をバチっと鳴らすと、己が立つステージの遥か彼方の天空から、光り輝くミラーボールを降ろしてくる。
「フトダマ! アメノコヤネ! オーディエンスを入れるんじゃ! 八百万のオーディエンスじゃ! すぐに会場は満員になろうぞ!」
オモイカネは叫び、イントロが鳴り始めた舞台の上にジャージ姿のアメノウズメとタヂカラオを押し上げる。マイコーは響き渡るスネアドラムの音に合わせて、股間に手を当てて腰を前後に激しく律動させる。「バックダンサー、たのむぞ!」
勝手も分からぬままステージに上がった二柱だったが、イントロが鳴り終え曲が始まると、股間に手を当てて中腰で激しく前後するマイコーと何故か完璧なユニゾンで踊り、舞う。彼の十八番、まるで無重力の月面を滑るように後ろ歩きする舞をなぞると、いつのまにか集まった八百万の神オーディエンスは大歓声でそれを囃し立てた。
「ったく……何の大歓声なのよ……」
シナリオが変わりました、としか告げられていないアマテラスは、天の岩戸の暗闇の中で退屈そうにごろ寝していたが、岩の隙間から漏れ聞こえてくる歓声と音楽、煌めく光に興味をそそられ、隙間からそっと覗く。
「うっそ、マジで。マイコーじゃん……ちょ、来るなら言ってよね、YouTubeで動画見て一発でぶちアガってたばっかなんですけど。て、おーい、タヂカラオー、ここ開けてー」
アマテラスの声は八百万の神オーディエンスの歓声に掻き消されステージまでは届かない。むしろ、くらやみの国の方がステージ映えして最高ですーなんて声も聞こえてくる。何なのアイツら、そんなに暗闇の国がいいの、だったらコッチにも考えがあるんだから。と、アマテラスは暗闇の中で何やら怪しげな祝詞を唱える……
「ブルダッ」「ダバダッ」マイコーは絶頂を迎えたような声を絞り出して歌い踊り、閉められた岩戸を見やる。そして僅かな隙間から聞こえる祝詞に気づくと、ハッとした顔でバックバンドへ曲変更の指示をした。
「なんじゃ……今までの歌舞曲とはまた違うこのあたたかい音は……舞子の優しい顔は……いったい……」
ノリノリな曲調が一転し、優しげなエレクトーンのイントロが始まる。するとマイコーは、神々を一柱ずつステージ上に上げて、歌に加わるように促した。ステージ上には一本のマイクがせり上がり、交代で歌わせようという魂胆なのか!
「ファースト。雷尾寝留之命」
マイコーがマイクを雷尾寝留之命へ譲る。
「セカン。素手位美命」
ゆるやかなビートにのせて、神々が次々とマイクをリレーしていく。「シックス。手稲之棚女」「テンス。日入除得流男、大穴失之命」Aメロからサビへ。ここでマイコーも加わると、その場にいる八百万の神々が一斉に合唱し始めた。我々は世界……我々は子供たち……我々はひとつになって……輝ける明日を作り出す……
肩を組み、神々はひとつになって歌う。オモイカネもステージを見上げ、いつのまにか隣どなりの神々と肩を組み揺れながら、涙を流して歌を口ずさんでいた。そして、その隣にはいつの間にか岩戸から出てきたアマテラスが。
「……悔しいけどさ、こんな歌、聴かされたんじゃ、引きこもってなんか、いらんないよね……」
涙を見せてアマテラスは笑顔で歌う。ステージ上のマイコーがウインクして「ポウ!」とそれに応えた。
「あれ。アマテラス様、そういえばどうやって岩戸から出て来たんじゃ」涙に暮れ、揺れながらオモイカネが聞く。
「なにって、ちょっと黄泉比良坂から亡者の群れを召喚してさ、人海戦術で岩戸をこう……ゴリゴリっと……あ、やっべ。亡者呼び出したまんまだった」
テヘペロ、と舌を出したアマテラスの背後からキャ──という悲鳴が上がる。アメノウズメだ! 彼女は黄泉比良坂の亡者どもに、今にも捕えられそうに逃げ回っている!
「危ない!」タヂカラオが駆け寄ろうとするが、亡者の海に飲まれそうなアメノウズメは間もなく力尽きそうな……と、その亡者の前に飛び降りた人影が!
「ア──────ゥ!!」
いつの間にか赤い上下のツナギ衣装に姿を変え、死霊そっくりの化粧を施したマイコーが、亡者の群れを片手で制した。時が止まったかのような数瞬間……そしてバックバンドがホーンとシンセをかき鳴らした!
テ──レ────! テ──レ──レ──ッ!
ッドンダンドンドゥンドン
ッドンダンドンドゥンドン
ッドンダンドンドゥンドン
ッドンダンドンドゥンドン
亡者の群れはマイコーの舞に一糸乱れぬ正確さで合わせ、手を広げ、曲げ、回り、叫ぶ。マイコーは群れを統率する王のように彼らを率いると、天の岩戸へと次第に進んでゆく。
「コズディッイズ スリラー! スリラーナーイ!」
マイコーはアメノウズメを神々の元へ逃すと、亡者の群れを岩戸の中に開いた、黄泉比良坂と繋がる異次元口へと誘導してゆく。マイコー! マイコー帰ってきて! 行くなマイコー! マイコー! マイコー! マイコー! 神々が口ぐちに叫び声をあげ舞子の帰還を願うが、マイコーは舞を続けて亡者を還し終えると。自らもその場で高速でスピンし、
「ポ──────ウ!!!」
と股間に右手を、天を左手で指し示すと、異次元の扉を塞ぐように光の柱となって消えていった。
「マイコー、行っちゃった……」
瞳を潤ませ悲嘆に暮れるアマテラス。八百万の神々。どこの神からか、アンコール、アンコール、という声が聞こえる。ふと、声がした。再び閉じた天の岩戸から、優しげな、暖かい、マイコーの声が。
「ユーワノーッラローン………」
暗闇の世界の空が切れ、光が差す。君はもう、ひとりじゃないよ。アマテラスは確かに、そんな言葉を聞いたような気がした。
(おわり)