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試着室の華

洋服を買う時、誰しも試着室を使って着心地を試すことがあるだろう。しかし、この人は違った。それはまるで、今、自分が手に入れた服であるかのように楽しんでしまうのであった。

私はこの女を知っている。いつもだ、いつもこの女は試着室に大量の服を持ち込んでは、随分と長く私のアパレルショップに居座る。そして、一枚着るたびにカーテンをシャーッと開け

「どうかしらこの服?素敵でしょう。」と言う

うんざりだという気持ちが顔に出ないようにと必死に意識し、ニヤっと口角を上げ「とてもお似合いです」と一言彼女に言う。作りすぎている営業スマイルでないと、口角が途端に下がってしまう…このやり取りが、シフトが入っている日の、日課になってしまっているのだった。

「そうなのよ!貴方よく分かっているわね」

高飛車にそう言い放つと、彼女はまたシャーッとカーテンを閉め新しい服を試着し始める。

もう、うんざりだ。しかし、私はこのアパレルショップに入ってまだ間も無く、生意気に客に意見を言える勇気も、持ち合わせていなかったのである。仕方ないのでショップの奥にいる先輩に相談すると、

「…あのねえ、困りますよ。あのお客さんいっつもこうだから、ちゃんと言ってくれないと」

「でも…もしもあの人が気を悪くして、それでもってSNSに拡散でもされたら大変じゃないですか」

「そうねぇ…。じゃあ私が言ってきてあげるから、貴方は後ろから見てて」

そう言い放った先輩が、途端にセカセカと音のなるように試着室の前に歩き、カーテンの目の前でカッチリと止まる。そして、失礼しますと一言言い放つと、試着室のカーテンに顔1つ分を入れて

「すいませんお客様、他のお客様の迷惑となりますので、ご退出お願いします!」

中で彼女がどんな顔をしているのか、どんな返事をしたのかは分からなかった。しかし、先輩が試着室のカーテンを閉め直して、こちらに振り向き頷いたのでホッと肩の荷が降りた。

まるで別人のように試着室を出る彼女は早かった。そして、私は見過ごさなかった。彼女は、最初とはまるで表情が変わっていた。ショップへ入った瞬間の華やかさを持った彼女は何処にも居なくて、花のように舞っていた彼女は、まるでその花びらさえも散らせ、更に葉っぱも一枚も残らず消え去ったようだった。

その顔を見た瞬間私は、私は、私は、私は、私は…

恋をしてしまった。試着室の中で舞う花のような彼女に。またあの彼女の顔を見たいと、そう思うだけだった。

数ヶ月経って、また彼女がショップへ来ることが多くなった。そして、ポツポツと、また試着をしていくようになった。私はその試着をしてくるくると楽しむ彼女の試着室を外から見守ることが、何よりの幸せだった。

そして、前のように私にこう聞くのだ。

「どう、この服?素敵かしら?」

「ええ、とってもお似合いです!お客様」

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深海 もみ
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