旅
2019年の夏、私はとある検査をした。
一つは痛み止めの点滴で、
もう一つは眠ってしまう麻酔を刺して、半日はかかるものだと言われた。
私の周りでは、お医者さんが忙しそうに指示を出したり、
私には理解できない専門用語を口々に言っていていたり、なんだか心が落ち着かないなあ、しかも際どい場所まで捲られるのに男性いるの嫌だなあ、など思いながらベッドで横になっていた。
「この点滴をしたら、少しぼーっとするかもしれませんよ」と言われ、私は痛み止めの点滴を左手にやった。痛いことが苦手な私は今まで避けてきたが、実は初点滴だった。呆気なく私の初めては終わった。
そしたら、左手から少しずつ効いてくるのか、徐々に左手が動かなくなった。
そして、とうとう頭が回らなくなった。
何だか眠くて、だるかった。先程まで気になっていた自分の周りのことなんて、もうどうでも良くなってしまった。
もう一つの麻酔は、完全に私が眠ってしまうもので先程いた男性が私のそばに来て言った。
「これから眠るお薬を打ちますね」
ボーッとしたまま、いつの間にか声を出せないほどの屍になった私は、細くうなづいた。「今打ちました」と看護師たちに男性が言った。
その声を聞いた直後、私は、一瞬にして意識を失った。
パチッ
目を醒ます薬を打ったので目が覚めたらしい。突然に聴覚が戻ったので、聴覚さえも麻酔にかかるのだとそこで初めて知った。
眠っている間に聞こえていた音はゼロだった。
何が起きていたかもまるで分からない。
検査が終わり、21歳にして初めてこんなに長い時間、車椅子の上に乗った。
もしかしたら、車椅子に乗ること自体が初めてなのかもしれない。
歩けないぐらい麻酔は強く私の体に残り、呂律が回らないままの会話を繰り返している私。
私よりもずっと年上の両親に、車椅子を押してもらった。
ヘロヘロになった私は
「なんだか変な気分だな」
「親を介護する時ならわかるけど、嫌だなあ」と思いながら力の入らない体をそのまま車椅子に預けていた。
障害者用トイレも使わせて頂いた。障害者用トイレは健常者の時は広く出来ていると感じていたが、車椅子のまま入ったらそこまで広いわけでもなく、普通のトイレと同等となってしまった。
心疾患のせいだろうか
足の血流が悪く浮腫みやすい私は、
それから4時間経っても歩行がままならなかった。胃に入れるエコーの機械のために六時間の断食をこなした後、
親よりも歳をとった年寄りのように、
ゆっくりと歩きながら、ご飯を食べに行った。
P.S
現在は心疾患の治療が終わりました。(2020年の2月に治療済み)
人工心肺を使うほどの大手術でしたが、いま私は元気です。