【おかげさまで無事にラジオのゲスト出演完了しました】 #時には昔の蓬莱の話を 続けたいと思いつつも一日は24時間づつ進んでゆく【投げ銭システムなので最後まで無料で読めます】

S「……ところで『づつ』なのか『ずつ』なのか、いつも迷うんだけど、今はどっちが正しいor多数派の表記なんだろう」

M「んなことはどうでもいいから話を続けてください。ようやくステマ警察の魔手から逃れたというのに」

S「いやしかし、原稿も書かねばいかんし、 #島津戦記 というか #島津サーガ の再校もせにゃならんし、世界情勢はあいかわらずばたばたしてるし、ロビン・ウィリアムスも亡くなっちゃうし、おもては暑いし…」

M「おもて関係ないじゃないですか、屋内にいるんだから」

S「…それに、おむつの交換もけっこう大変だし。いやー今さらながら自分の親への感謝の気持ちがふつふつと」

M「えっ」

S「えっ」

M「えっ」

S「『えっ』?」

M「い、今なんとおっしゃいました」

S「だから親への感謝の気持ちが」

M「その前!」

S「あ、そうか。現実世界の君には伝えたけど、キャラであるところの君にはまだ言ってなかったっけ。こないだ子供が産まれまして」

M「……えええええーーーーーーっ!!!!」

(以下、明日以降に続く!)

M「って、ここでヒキですかっ!」


……そして数日後……

S「とにかくそんなこんなでテンテコマイなんだよ。で、今は短篇長篇を書きつつ著者校×2をやりつつ共同通信さん用のミニ連載の原稿を書いて送ったところなのですが」

M「あ、例のライトノベル紹介の」

S「それの最終回を先ほど送ったのですが、手直しが必要なのは毎度のことで……そうそう、だから96-97年のライトノベルの変容についても近頃いろいろ考えたり思い出したりしてたわけです。

個人的経験もふくめて、ちょうどあの頃、それまでの(富士見ファンタジア独壇場だった)ライトノベルが大きく様変わりし始めてたんだなあと思うわけです。というか僕が『ライトノベル』という呼び方を始めて耳にしたのもその頃だったからね」

M「え、じゃあそれまでは、なんて読んでたんですか。ああいう小説というか文庫レーベル群のことを」

S「そこだ。そもそも当時はまだ、そんなにたくさんレーベルが存在してなかった。だから僕らの周辺では『あの富士見ファンタジアのアレが』とか『ソノラマが』とか『コバルトで』とか、そういう表現方法でじゅうぶん事足りてたんだ。だから個人的には、富士見ファンタジア文庫と電撃文庫とその他を同時に表現せにゃいかん時にだけ『らいとのべる』という単語を使うわけで……しかもそんな機会はたいして多くもなかった。でも、たしかに何かが変わり始めてた。印象的だったのは、だから蓬莱学園シリーズの次に書いた『マリオン&Co.』の時だった」

M「へー。まあ、あれは内容もかなりぶっ飛んでましたからねえ」

S「今から思えばそうだろうし、当時としても(自分で言うのもアレですが^^;)よくまあこんなヘンテコな話を載せてくれるなあ、とは思ってましたが。でも、変化を感じたきっかけというのは、内容というよりもイラストだったんだ。村田蓮司画伯のタッチは大好きで、素敵なイラストだと僕も担当編集さまも大感謝大満足だったんだけど「最近の子はこういう上手い絵を見ると『こわい』って言うらしいんだよねえ。なんでかねえ」と担当さまが不満そうにつぶやいてたことがあったんだ」

M「こわい?」

S「つまり、僕がいつも言うところの〈たっぷり艶のある〉イラスト……立体的で、特徴的で、頭身がしっかりしてて、線が美しくて、色も素晴らしい類いの挿画……たとえば武部本一郎画伯なんかを想起してもらえると分かりやすいかもしれないけど、とにかくそういうタイプのものがこれまでは主流だったのが、次第にそうじゃない(だからといって美しくないわけじゃない、何かまったく新しい魅力のある)タイプのものが増え始めてて。けど、僕が書いてた小説は、僕の頭の中のイメージではやっぱりどうしても〈艶のある〉画なんだよね」

M「ははーん、なんとなく理解できましたよ。ライトノベルをどのように脳内再生するかって時に、新城さんの脳内と主流読者のそれとが、ちょっとづつズレはじめてるってことに気づいた……それが97年頃なわけですね」

S「実際に言語化できたのはもうちょっとあとで、当時は僕も担当さまも『へ〜そうなんだ〜』ぐらいだったんだけど。でも今になってふりかえってみると、あの時のかすかなズレ感は、結果的に当たってたんじゃないかなと。新城カズマが最高!と思ってるキャラ表現法と、ライトノベル読者の主流的な好みとが、異なり始めたという意味で」

M「……もしかして、それで新城さんは2000年代になってから、いわゆるライトノベル以外のところで小説を発表し始めてるんですか?」

S「そこまで意識的ではないけど、他のところから原稿依頼が増え始めたってのは事実だよね。このへんはむしろ、新城自身よりも各社の担当編集さまに聞いてみたいところではある」

(そんなこんなでまた後日に続く……)

M「とかいってるうちに、いったい幾日経ってるんですかっ!」

S「えーとえーと……半月くらい? ていうか、もう明日はケイクスさまで例の企画の収録する日やんけ。どひー」

M「なにがどひーですか、さっさと資料読んで準備してくださいよ」

(明日以降に続く!)

M「明日以降、って便利な言葉ですね。あれ↑から半月くらい経ってませんか」

S「まあ、そこはそれ。というわけでケイクスさまの企画(の1回目)収録も無事完了したし、再校もおわったし、いよいよ今月のプロモーションやら何やらを」

M「そういえば以前から、『都心を戦国時代に見立てて歩き回る簡易ARGしてみよう』とか言ってましたよね。あれやるんですか、本当に」

S「やりたいんだよなあ……でもなんか最近、例のデング熱が」←基本的に出不精

M「70年ぶりの伝染病上陸が怖くて、戦国時代の小説が書けるんですか新城さん!」←これはこれで無茶な発言

S「まあまあ。他にも***さんと組んでちょっとしたイベントもやろうかと思ってますし。ARGじゃなかったら、たぶん〈6次のつながり〉を利用した全国サイン会でもしようかと思っちょります」

M「(また何やら新たなアホネタを思いついたな……)」


(以下、さらに数日後に続く!)


S「とかなんとか言ってるうちに、いろいろ告知せねばならんネタが……まずは、

0)すでに発売されているダ・ヴィンチ今月号に、短篇書きました

でもって、

1)9月15日(月曜・祝日)の深夜2350時くらいから翌0050時くらいにかけて、TBSラジオさまの番組にゲスト出演することになりまして  ←追記:その顛末はこのあたりをどうぞ^^;

2)その週の末もしくは週明けには『島津戦記』がついに刊行されるわけですが、

3)10月5日(日曜)の1900時からは、ゲンロンカフェさまにて『島津戦記』刊行記念イベントというかQ&Aトークショーおこないます

……てな感じで」

M「『島津戦記』刊行時には、なにか簡易ゲームやるんじゃないんですか」

S「やりたいっすねえ……とりあえず明日のラジオが無事に終わってから詳細確定したいと思います」←非マルチタスク人間

M「それはそうとして、いま気がついたんですが、この記事って、もともとは蓬莱25周年にむけて昔話をしようとかそういう趣旨のあれだったのでは」

S「ぎくっ^^;」

(以下、明日のラジオにむけて怒濤のように続く!)

S「……というわけで無事にラジオ完了しました〜:いやー皆様の御協力のおかげで生放送中に睡眠することもなく」 ←朝型のスチャラ化小説家

M「それにしても新城カズマを生放送で起用しようだなんて、なんとも剛胆というか英雄的なんですねTBSラジオさんって」

S「でもMCの木村草太先生&アシスタントの南部広美さんも素敵な方々で助かりましたし、ラジオ局の内部も拝見できたし、さいわいツイッターでも好評いただけたようだし、いろいろ今後の糧になりそうな体験でした:ありがとうございました〜>all」

M「次は……いよいよ『島津戦記』発売と、来月のゲンロンカフェさんでのイベントですか」

S「あ、でもその前に例の企画の収録というか語りまくりもあるし、以前から準備していたアレをナニする企画がいよいよケイクスさまでお披露目予定という…」

M「サイン本進呈はどうするんですか」

S「あ、そうそう:というわけで、

2と3のあいだ)まずはサイン本×4冊を「6次のつながり」の要領で手渡していきたいので、求む協力者!

もしこれが上手くいったら、『島津戦記』刊行後にはもうちょっと大々的にやってみたいと妄想しとりますので、よろしく〜」

M「大々的にって……まさか全国津々浦々に数百冊単位のサイン本を手渡し連鎖で運ぼうとか考えてるんですか!?」

S「うふふ」

M「(イヤな予感がする……)」


(てな感じで、さらに続く!)


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