とゆわけで福田和代さま @kazuyo_fuku &藤原編集室さま @fujiwara_ed に触発されて、新城も #covid19 の時間を愉しく過ごすための掌編をひねってみました、浮世の憂さをひととき忘れて御堪能いただければ幸甚至極…

(この気に入ってくださった方は、よかったら他の記事にチャリ〜ンしてください:この記事は冒頭に藤原書店さまの呟きを使用しているので、有料にできないのです^^;)



「……高校時代の友人は有隣堂の文芸棚の前で『ちょっとハヤカワSFを見てくる』と言って別れたまま、帰って来ない。40年も前の話だ」
 馴染みの依頼主の声が古ぼけた黒電話の受話器を通じて聞こえてくる。私は煤だらけの事務所の破れかけた椅子を(同じくらいの音量で)軋ませながら事件の詳細を記憶していった。私は覚え書きをしない主義だ。人生は書き留めるには短すぎる。
 依頼主の話では、その友人氏とやらは文庫の棚へ向かっていったという。ここで早川のハードカバーは容疑者から除外された。ありがたいことだ、と私は独り言ちる。右腕の古傷も私に賛成してくれた(こいつは『鉄の夢』と格闘した際に、永遠の愛と怨恨の印として私に与えられたものだ…あの事件のことは二度と思い出したくない)。
「……こんなところで良いかね?」
「ああ」
「では報酬は、いつもの口座へ」
「ああ」
 私は受話器を置く。そして残りのバーボンをあおる。さて、今日も書物探偵の一日の始まりだ。
 壁の振り子時計が嫌みったらしく午後五時を私に知らせてくれた。やれやれ。

 楽な事件だ、という当初の予測は見事に外れた。問題の大型書店は今も健在で、当時のことを憶えている書店員(引退して長野県に在住している)も難なく見つかった。しかし(そう、しかしという言葉は我々の職業についてまわる宿痾なのだ)当世の文庫事情というやつは私の長年の経験をいっさんに踏み躙って駆け去っていく。
「文庫の——背が伸びた?」
「ええ」引退した書店員氏は長い髪を優雅に揺らして頭を振り、赤いルージュの唇を歪ませた。まるで、私の無知を咎めるように。「それで棚を入れ替える書店さんも出てきて……あの時は大騒ぎでしたわ。わたしもそれがきっかけで引退したようなものですし。品切れの作品も……」
「なるほど」
 私はすぐに東京へとって返した。調べはすぐについた。一九八〇年。ハヤカワSF文庫。絶版・重版未定。逝き去りし文明の残り香。そして今は一回り大きな文庫たちが棚を護っている。私は久しぶりの荒事を覚悟した。
 薄暗い書棚のどんづまり、目指す屋敷の扉を警備していた屈強な新訳『一九八四年』や『ニューロマンサー』新装版を蹴散らし、ようやく八〇年代前半に到達した時、すでに私の拳銃は残弾二発となっていた。話の展開は少々早いが書物探偵は掌編なのだからしょうがない。私は扉を抜け、勝手知ったる廊下を走り、最後の扉を蹴破った。大伽藍。当然だ。なにしろここはあいつの神殿なのだから。
私は銃口を真犯人に向けた。
「やはりお前か」私は吐き捨てた。
「やはりわたしよ」彼女は微笑んだ。永遠の愛、永遠の怨恨。
本棚の間でお目当ての文庫を探していた依頼主の友人氏。ふと伸ばしたその手が、なぜか隣の文庫に吸い寄せられる。買うつもりのなかった本、読むつもりのなかった作品。そして——
どこかで柱時計が鳴った。深夜。
「残弾は二発ある」
「あら素敵。わたしたち二人の最期の宴に相応しい数」
「そうだな」と私。「お前の素敵な二つの瞳に乾杯」
銃声二発は、
 ——ユービック! ユービック!
と伽藍を揺るがせながら、薬漬けとなっている友人氏を連れて私が過去から走り去るまで、いやその後も永遠に、反響を続けていた。
                            完


いや〜、偽ハードボイルド文体は楽でいいなァ〜^^;


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