test2 小説(過去作)
「ちょっと楽しい時間を提供するぜ!」と宣言しておきながら、なんといきなり、文学短編作品を投げるという荒業をします。ごめんね。次は野球のお話とか陸上のお話とか検討してみるね。
(*一応代表作の『蝉の抜け殻』と『レインティーン』はアップロードしていいのか分からないので、要望があったら検討してみます。)
「縦文字で読みたい!」という人向けに、通常版も添付しておきます。
物語は以下から始まります。
読み終えるまでの所要時間は、長くて10分です。それでは、どうぞ。
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金魚
n.micchy
カーテンを開けて窓を全開にすると、薄暗く静まった部屋に冷たい風が通った。長く伸びた前髪が宙に浮き、風はケアの届ききっていない頬をちくりと刺していく。ああ、だるいなって試しに呟いてみるけど私の声は風の中にかき消されて、返事のない世界は私を家という名の水槽の中に閉じ込めていった。
外に出よう、そう思った。
スマホのロック画面を解除して通知欄をスライドする。その中に気になる彼の名前があった。りょーかい、という返事は全体グループの中で同調の波に乗るように打たれている。そんな通知の波の中にうずもれた彼の言葉を私はじっと見つめている。
ストーカーみたいかもしれない。
そう思うと身体がムズムズした。私はスマホを置いて洗面台に向かった。金魚は装飾を施さなければ誰にもすくってもらえない。鏡に映る自分の姿が徐々に変化していくのを感じながら私は微笑した。
外は海だ。
水槽から飛び出た金魚は水を求めて飛び跳ねる。
でも外に金魚の住む場所はない。
小学生の頃、友達の家でそんな金魚を目にしたことを思い出した。あのとき金魚は、水槽の外に見える私に向けて飛び跳ねてきた。友達は席を外していて、金魚は私を見て、ピクピクと身体を震わせていた。私はただじっと、金魚を見下ろした。そして、金魚は動かなくなった。外に出たのは金魚なのに、私は次の日から仲間はずれになった。
電車の扉から通り過ぎていく景色を見ながら私はスマホに目を向ける。
金魚は外に何を求めたのだろう。
海のように見えたものは単なる雑多としたビル群で、理解のできない他人たちが日々入れ替わっている光景が続いているだけだ。私は電車を降りて、人混みを分けながら改札を抜けていった。誰が決めたわけでもないのに流れは決められていて外れていくことは認められていない。
海は不自由だ。
飲み会だるいって裏垢で呟いてみた。アイコンは真っ黒でフォロワーは誰もいない。これは私だけの水槽で、好きなように呟くことができる。ガラス越しの声が聞こえないように、鍵をつけておけば誰も私の存在に気が付くことはない。
どうせ、外に出たところで、私は居場所を狭めていく。
試しに楽しいことを考えてみようとしてみたけど後ろから早歩きしてきたスーツ姿の大人の女性に舌打ちをされて気持ちが沈んだ。
飲み会の会場に着けば世界は変わるし、彼がいる。そう思って入ってみたけど店内はじめっとした熱気に包まれていて吐き気がした。
わあ、久しぶりってかわいい女の子が声をかけてくる。私も久しぶりって思ってもいないことを言った。少し歩くと男子たちに声をかけられた。酔っぱらった男子たちは私を無理やりゲームに参加させて濃度の強い酒を飲ませてきた。嫌だったけど断ることができなくて何度も一気飲みをした。そのたびに歓声があがって私は少しだけ気分が良くなった。
でもその声の中に彼がいないと分かると悲しかった。彼はみんなの輪から外れたところでつまらなそうにジョッキを持ちながら座っていた。ああ、彼に声をかけたいなと思ったけどゲームから抜けられなかったし、知らないうちに違う女の子が彼の隣に座っていたりして、足が動かなかった。
もういいや、どうにでもなってしまえ、こんな世界。
酔いが回っているのか身体が浮いているように感じた。
私の視界から彼がぼやけていく。
私は絡みたくない男たちと飲み続けた。結局どんなに装飾を施したところで金魚は想った人にはすくってもらえない。あのとき私の前で飛び跳ねた金魚は私を求めていたのかもしれない。
でも私は応えなかった。
私は加害者であり被害者だ。あはは、と誰にも負けないぐらいの大きな声で笑った。
ラストオーダーになるとようやくゲームが終わって私は酔った勢いで彼の隣へ座った。彼は私から身体を引いて驚いた。終わった、という言葉が脳裏に遮る。嫌だよねこんな私って呟いた。本当はあなたと喋りたかった、でも私は酔いつぶれた、私は祭りの金魚みたいに無理やり連れていかれるんだ。少し息を置いてから私は机に顔をつけて彼を見ながら口を開いた。
「でも今はあなたが隣にいるからそれでいい」
酔っぱらった男たちが私の腕を引っ張ってくる。なあ、二次会行こうぜ。なあ、なあ。激流が私を襲ってくる。なあ、なあ!
「二次会なら俺が代わりに行きますよ」
私は顔をあげた。私の前に彼が立っていた。
え、と声が出る。夢かと私が混乱していると彼は駅へ向かうよう手で私に合図を送った。その間、男たちが私を誘おうとしても彼は私の前から動かなかった。
金魚は酸素を求めて水面に口を寄せてパクパクと動かしている。
試しに粉々に崩したエサを落とすと金魚は驚いて水の中に逃げこんだ。でもすぐに水槽に息苦しさを感じたのかまた水面に口を寄せて、エサを食べるふりをしながら私に酸素を求めてきた。私はコケのついたタンクポンプのスイッチを入れる。
それから金魚がどうなったか私は知らない。
(Fin)
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