歴史を舞台にミステリーが展開 米澤穂信著「黒牢城」を読んで
この作品に関しては、タイトルの多さに目をうばわれました。
まずは、「第166回直木賞」受賞。
「山田風太郎賞」、4大ミステリランキング「このミステリーがすごい!」「週間文春ミステリーベスト10」「ミステリーが読みたい!」「2022本格ミステリ・ベスト10」制覇。
又、著者の作品は、歴代本屋大賞にも2015年「満願」(7位)、2016年「王とサーカス」(6位)ノミネートされています。
著者20周年の作品とのことで、きっとご自身も力をいれて、執筆されたのではないかと。
否が応でも、ハードルがあがって、期待感が半端ないので、ここは、心を落ち着けて読み始めました。
時代は、本能寺の変より4年前。
荒木村重は、織田信長の家臣として、次々と武功をなし、遂には有岡城(現兵庫県伊丹市)の城主にまで昇り詰める。
しかし、信長に不信をいだいた村重は、有岡城にて反旗を翻す。
これに対して秀吉は、村重と旧知の仲である黒田官兵衛を派遣して、翻意を促そうとする。
村重は、これには従わず、官兵衛を地下の牢屋に監禁する。
こういった状況下で物語が動き出す。
籠城の日々が続くなかで、家臣や民も疲れを覚え始め、剣呑な空気が漂う。同士であったはずの城主も信長に寝返り、頼みの綱の毛利を、今か今かと待ちわびるも、なかなか姿を現さない。
兵糧も尽き始めるそんな時に、城内で不可解な第一の事件が起こる。
隔離された世界では風聞が飛び交うのも早い。
不可解な事件への不安が、ひいては城主に対しての不信感にもつながりかねない。
来るべき戦に対して、一丸になってこそ勝利が見えるものを、このままでは、臣下や民の心がバラバラになり、内部崩壊しかねない。
村重は、一刻も早い解決をと調査に乗り出す。
関係者に事情聴取するも謎を解き明かすことができず、さりとて、相談できる臣下もいない。
そこで智将と名高い官兵衛を頼りに地下牢へと降り、この謎に対しての意見を求めにいく。
官兵衛は、したり顔で不可解な事件解決へのヒントを告げる。
この官兵衛の言葉は、あまりに暗喩すぎて、私には理解できなかったのですが、その後の村重の言動である程度は納得しました。
それでも、この謎解きの解答には、何かスッキリしないモヤモヤ感が残りました。
そして、第二、第三と事件が続きます。
事の真相は、第四章で明かされます。
この不可解な事件が連鎖して、城内の空気は益々、悪いほうへと流れていきます。
不可解な事件が度々起こり、ミステリーとしては、小さいものでしたが、臣下や民の疑心暗鬼や疲弊が徐々に増していくのが分かります。
歴史小説を楽しむにあたって、その時代背景や人間関係を知っていると知らないでは、面白さが全く違うものになってきます。
又、大筋でも作品の背景を掴んでないと、読み損ねてしまう場合もあります。
なので、歴史小説を読むのは、なかなかハードルが高くあまり手を出したくないジャンルでした。
本屋大賞にノミネートされていなければ、出会うことのなかった作品です。
しかし、この作品は、時代背景も人間関係もわかりやすく、すんなりと入っていけました。
それでいて、時代考証も綿密に練られており本格的時代小説を味わうことができました。
さらに、歴史小説の中に、ミステリーの要素も入れ込むという着想は、いままでの読書経験にないことでした。こんな意表をつく舞台でのミステリーにもっと出会いたいと感じました。
そして、ここからは、ネタバレになってしまいますが、この作品のなかで、私が一番面白いと感じた部分です。
官兵衛が自分を地下牢に監禁した村重に、なぜ協力するのか。
この村重と官兵衛の関係性が疑問でした。
旧知の友との友情はいつまでも変わらないということ?なんて思っていましたが、イエイエ、奥が深いです。官兵衛の復讐だったのです。
村重が官兵衛を送り返すも殺すもしなかったために、信長は、官兵衛も寝返ったと解釈する。
それにより、人質であった官兵衛の息子を殺害します。
武士の誇りもない犬死です。(実際は、臣下の機転により助けられるのですが)
これを知ることにより官兵衛に復讐の心がわきます。
村重の持ってきた謎に答えることにより、この籠城生活を長引かせ、ひいては、和解も後戻りもできない状況に陥れる。これが狙いだったのです。
籠城の日々が長引き、村重は城内では浮いた存在となり、もはやこの状況下での勝算はありえない。
村重という人は、逃げる口実さえあれば、逃げたかったのだと思います。
そして、官兵衛は逃げる口実を与えます。
村重に城を出て、城主自らが毛利への援軍を求めに行けと後押しするのです。
村重は、その行動がどういう意味をもっているのかを知りながら、1579年9月、遂に有岡城を脱出、嫡男の尼崎城へ移ってしまう。
一説には、村重は尼崎は逃げたのではなく、海上交通の便の良い尼崎に移ることで、大阪本願寺や毛利氏との連携を結ぶためだとする見解もあるようですが。
こういった史実や説と実在した人物の関係をからめて、村重が後世にまで卑怯者の汚名をきることになった事実は官兵衛の策であったという時代を超えてのトリックに感嘆しました。
みごと牢屋からでも復讐を果たすことができるのです。
あっぱれ、あっぱれ官兵衛です。