見出し画像

【無料】クマとアリ、どちらが強い?『ヒグマの旅』で子どもたちに伝えたいこと。#20

随分とご無沙汰をしてしまいました。#自然写真家のnote の更新です。
今回は、今年9月に出版した写真絵本『ヒグマの旅』について、著者としての物語に込めた想いや、撮影活動の裏側、などのお話をしていきたいと思います。


1.  クマとアリは、どちらが強いか。

この本を作るにあたって、私が考えた最も読者に伝えたいことは
たったひとつ。それは「ヒグマが色々なものを食べている」ということでした。ただ、それだけのことをシンプルに、理解し易い写真と文章で見せていく。本の制作を始める時から、この主題は私の中で揺らぐことはありませんでした。

画像3

皆さんは、ヒグマの食べるものというと、どんなものをイメージしますか?多くの人は、きっと『サケ』と答えるでしょう。私も最初はそう思っていました。しかしヒグマは、実際は様々なものを食べて暮らしています。
魚(サケ)に加えて、ドングリやヤマブドウなどの木の実や果実、草や虫、さらには獣の肉(シカ等)を食べることもあります。

唐突な質問ですが皆さんは、熊と蟻、どちらが強いと思いますか?
様々な自然の恵みを食べて大きな身体を支えているヒグマ。その大きさから個体としては強い動物ですが、種としてはどうでしょう?
大きな身体なので個体数は少なく、たくさんの食べものを必要とし、様々な自然の恵みに依存している。故に自然のどこかがバランスを崩すと影響を受けてしまう…そんな脆さもあると言えるのではないでしょうか。一方でアリも様々なものを食べますが、小さくて個体数が多いという強さがあります。「種全体と種全体」においては、強さ(しぶとさ、もしくは生き抜く力)の基準が「一頭と一匹」とは違うと言えます。
そう考えれば「クマとアリ(蟻)、どちらが強いか?」という問いに「クマが強いよ」と、応えることが難しくなってきます。

折り込み付録の中の冒頭にも述べていますが、大きなヒグマが暮らしているということは、そこにそれだけ多様な自然の恵みがある、ということを意味します。ヒグマをはじめ、大きな動物が自然の象徴と貴ばれるのには、きっとそんな理由があるからなのでしょう。

強いが、脆く、儚い存在であるヒグマ。その姿を伝えるには、様々な食べ物を求めて懸命に旅をする姿を見せることだと、私は考えていました。

余談ですが、ヒグマは食性が多様な故に生き延びてこれた、とも言えるのではないでしょうか。河口部を人間に支配され、鮭を食べられなくなっても、彼等はベジタリアンになって生き延びた。しかしオオカミは…。
この話は、また別の機会に…。

2. 『縦軸』と『横軸』。海から山を網羅する

ヒグマの食生活を一通り見る、もしくは撮るということは、彼等の生活を知り、食性を知り、様々な条件を推測して様々な場所を、季節を越えて追うことになります。
雪解けの森から始まって、芽吹いた若葉を食べ、夏には、まだ柔らかい草を求めて山を登り、実りの季節にまた森や川に降りてくる。
芽吹きや実りに合わせてフィールドを変えるヒグマの生活には、
季節という時系列の『横軸』、地形や植生の変化を伴う標高という『縦軸』が存在します。
まだ雪の深い春先から、再び雪が降る12月頃まで、その季節の変化に合わせて海岸線から稜線上まで、様々なフィールドを繰り返し歩いてヒグマの痕跡を探し、数少ない出会いを記録していく。そうやって『ヒグマの旅』を構成する写真達を積み重ねてきました。非常に時間のかかる撮影ですが、私が思うヒグマの撮影とは、一枚で語るものではなく、縦軸と横軸を長く網羅するものだったのです。

画像1

実は、海岸から稜線までひとつの物語に写真として記録したクマの本は、あまり見ません。しかし本来のヒグマの生態を考えれば、それは欠かせない。だからこそ私は形にしたかった。ヒグマの旅は、ひょっとするとその最初の本かも知れません。本の帯にある『標高差1500mを越える旅』とは、そんな私のこだわりを意味しています。
ヒグマの旅の記録は、私自身の旅の記録でもありました。

縦軸と横軸、その考えに至る原型、とも言える記事を
かつてnoteに書いていました。興味ある方は、こちらもどうぞ。

3.  個性がわかるヒグマの表情を写真で見せる

画像2

波しぶきをまき散らして鮭を捕食するような、誰もが思い浮かべるような劇的なシーンよりも、山肌で草を食む姿であったり、雪の森をゆっくりと歩く姿であったり、ヒグマたちの静かな日常を追う。それが僕の撮影スタイルでした。普段の姿を静かに追うことは、ヒグマたちの表情を見ることにもつながります。
アラスカや北海道で多くのクマに出会ってきた方に、
「ヒグマの旅は、ヒグマ一頭一頭の表情が良く出ている」という言葉を頂いたことがあります。それはまさに私が野生動物の写真を撮るうえで目指していることだったので、非常に嬉しい感想でした。
クマは顔も面積に比べて目が小さく、なかなか写真で表情を出すのが難しい動物と言えると思います。しかし表情が無いわけではありません。見慣れれば、顔つきの違いも分かってきます。ヒグマの旅に掲載されている写真をご覧になって、ヒグマの顔つきや表情の違いを感じてみてください。

表情は、ポートレイト写真にとって真ん中にある大切な要素。
自然写真家のnoteでも、#01でそのことを書いています。

4.  ニュースのクマ、問題定義のクマ…何より先に動物たちの『普段の姿』を想像してほしい


ある方から、本の感想として、頂いた言葉の一部を紹介します。

「街に迷い込んだヒグマや、人を襲ったヒグマはニュースになるけど、
親子でじゃれ合う姿や、いっしょうけんめい木の実を探すヒグマは
ニュースにならない」


インターネットにあふれる派手さを優先した写真と、過激な報道の洪水で、子どもたちは、見たつもりになってしまい、ヒグマという動物の普段の、本来の姿というものを想像する機会を奪われているのかも知れません。
私が撮りたい、伝えたいと願うのは、派手なシーンではなく、話題性のある決定的瞬間でもなく、動物たちのごく自然な生活と表情です。いつも述べることですが、大きなクマを優しく撮りたい。

自然と人間社会とのかかわり方が変化し、これからは、野生動物と出会ったり関わって生活したりすることが急激に増えると思います。
それは北海道だけでなく、本州や他地域でも同様だと考えられます。
近い将来、野生動物に相対した時、冷静に、落ち着いた対処や考え方ができるよう、まずは子どもたちに動物のありのままの姿を伝えておく、そして想像してもらう…。その機会を作っておくことは、私たち大人の大切な役割なのではないでしょうか。

例えば子どもたちが、登山やハイキングで自然の風景を見た時に、たとえ動物の姿を見ることが無くても、「この景色の中で、クマが一生懸命生きているんだな…」と思ってもらうきっかけになる仕事がしたい。
そんな風に考えて写真絵本『ヒグマの旅』を作りました。
ヒグマだって、いっしょうけんめい生きている。どうか、この本を手に取っていただいた皆さんにも、もし共感いただけるならば、是非多くの子どもたちに、その思いを届けていただければと思います。


と、今回はこんな感じで…。久しぶりの更新になってしまいましたが、
いかがでしたでしょうか?
次回は、ヒグマの本の撮影エリアや、撮影方法、エピソードを
お話しできればなと考えています。
最後まで読んでいただき、有難うございました。

この記事を読んで、写真絵本ヒグマの旅、興味を持ってくださった方は
下記リンクからご検討ください。 宜しくお願いします。



更新情報はツイッター・フェイスブックで随時配信しています。
フォローしていただけると嬉しいです。
■ twitter @sinh11  ■ facebook ■ instagram
マガジン 自然写真家のnote
▼ 前記事 ▼
季節はずれの恋。 #19


ここから先は

0字

基本プラン

¥500 / 月
このメンバーシップの詳細

いただいたサポートは、旅費や機材など新しい撮影活動の資金とさせていただき、そこで得た経験を、またこちらで皆様にシェアしていきたいと思います。