撮ることを仕事に。映画「草原の椅子」の制作現場で学んだこと #00
色々な方にご意見やアドバイスを頂き、
自分が考えていること、取り組んでいることを
noteにしっかりした形で言葉に残していこう、と思うようになりました。
『自然写真家のnote』と題して、ここにその一歩を踏み出していこうと思います。※なぜ「note」を選んだのかは後に述べます。
更新は月に1回、ないし2回。これは長い撮影遠征に出ている時は多少乱れるかもしれませんが、その時はご容赦を。どうぞよろしくお願いいたします。
パキスタンでの海外ロケから始まった僕の写真
初回は「撮ること」を仕事にした経緯ついてお話ししてみたいと思います。
私が写真をお仕事にするきっかけになったのは、映画の小道具を作るお仕事でした。「草原の椅子」という宮本輝さん原作、佐藤浩市さん主演の映画です。映画の主人公たちがパキスタンのフンザという場所を目指して旅に出る
きっかけとなる写真集の撮影を担当しました。
僕の写真が初めて、公の形で評価されたのはこの仕事になります。
撮ったのはフンザの景色や人々でした。特に元気なお爺さんや、駆け回る子供たちが印象的でした。動物とか自然とか関係ないっすね。笑)
ロケの時のエピソードはたくさんあるのですが、今は置きます。
映画は、様々な分野のスペシャリストが集って創り上げていく複合的な創作物だと私は感じました。つまり監督を始めとするスタッフの皆さんは、演技・小道具・音響等、現場では常に専門外の仕事と向きあっている。皆さんそれぞれの専門分野を持ちながら、その技術や知識にとらわれることなく「心が動くか」「情緒が伝えられるか」という部分で仕事の良し悪しを判断していたように思います。多くの専門外のノウハウや技術に晒されるからこそ、その基準がブレない強さが必要なのでしょう。
写真に関しても同様で、僕に対するリクエストの中に、専門的なテクニックや機材の話は、ほぼ出ることはありませんでした。僕自身は写真の芯の部分のことだけを考えておけばいい、そんな有難い仕事でした。
もちろん、それは「緩い」という意味合いではありません。作家の開高健は「映画は細部から腐る」と言いましたが、この映画の制作現場もたしかに、テーブルの上に置いてある器にまで、かなりこだわっていたことが記憶に残っています。僕の担当した写真集も、シーンに出る部分だけ作るのではなく、実際に100ページのボリュームで作りました。リアリティに対する姿勢は半端ではありません。
そしてその妥協の無い細部のつながりが、映画になっていく。それぞれの専門分野を飛び越えながら、ブレることなく、一つの世界感を創り上げていく彼等は、感動の芯を捕らえるスペシャリストの集まりと言っても良いかもしれません。そういった世界で、一度でも評価を頂いたことは、私にとって大きな自信となりました。調子に乗ったんですね。笑)
全然関係ありませんが、映画の主題歌は、なんとあのGLAYでした。
まさか、GLAYの曲をバックに、エンドロールで僕の写真がスクリーンに大写しになる日が来るとは、想像もしていませんでしたね。
撮りたい人にではなく、感じたい人へ伝えていきたい
カメラが身近になり、優秀になって、誰もが気軽に写真が撮れるようになりました。僕のように写真を勉強してこなかった人間にとって、とても有難い時代です。
一方、その影響で『写真を見たい人』よりも『自分で撮りたい人』がずいぶんと増えました。だから今、写真の世界では『写真で人を感動させること』以上に『撮りたい写真のノウハウを伝えること』に重きが置かれているような気がしています。例えばカメラの専門誌に近いイメージで、「〇〇写真を撮るための100のテクニック」とか「最新レンズ徹底解剖」とか…。それも必要とされることだし、大切なことですが、僕の考える写真の真ん中ではありません。
僕にとって写真の真ん中とは、極当たり前なんですが「観て感じること」。つまり撮る側にとっては「感じたことを伝えること」になるような気がしています。もちろん、撮り手の想定外の感じ方をされるかもしれませんが、それも一つの形でしょう。
撮る人が他の人の写真を見るときも、ノウハウや技術を探るのではなく、写真を見て感じることが何より大切なのではないでしょうか。
ページをめくる手をふと止めて、撮る人も撮らない人も関係なく見ていたくなる一枚を。鮮やかさや迫力に振り回されず、立ち止まり、じっと眺めていたくなる展示写真を。
伝えたい芯の部分は何か。時代の流れや、周辺に捉われてそれを見失ってしまわないように。そんな写真に対する姿勢を、僕は映画制作の現場から教えてもらったような気がしています。
noteは様々なジャンルを横断する形で、たくさんのクリエイターが「ノウハウ」だけでなく「感じること」にアンテナを張っている場所だと個人的には感じています。いい文章も、いいイラストも、いい写真も。発信側でありながら、受け取る側でもある。刺激しあいながら、各々が目指すものを創り上げていく。ちょうど、先に述べた映画の制作現場のようなイメージの世界。そんな場所で、少しずつ僕自身の撮影活動に添える言葉の連なりを発信することが出来たらなぁと思っています。
以上です。序章#0のクセに長くなりました。すみません。笑)
次回から本編です。予定タイトルは「動物を撮ること」。
ありがとうございました。