ペイズリーで繋がった!
手をかざしたまま目を細めれば、いつになく澄み切っていて雲ひとつない空が広がっている。今日は全国で梅雨明け宣言が発令されたようだ。
JR駅の改札口で同僚の森田くんと待ち合わせている。目の前の大学病院の教授の面会に伺う予定となっているからだ。
「先輩、お待たせしてすみませんでした」
汗を吹きながら森田くんがやってきた。僕の方が30秒くらい先に改札を出たことを考えると、恐らく森田くんと同じ電車に乗っていたのだろう。
「アポまでまだ1時間くらいあるし、大学の入り口にあるカフェで面談の最終打ち合わせでもしようか」
「はい、私、資料作ってきましたから確認いただけますか?」
それにしても暑い日でした。今日は今年1番の暑さらしく、既に33℃を超えているらしい。カフェの中で、楽しそうにおしゃべりをしているお客さんから漏れてくる。
「さて、そろそろ出よう、少し早いけど面会に行こうか」
僕はそう告げると、カバンからネクタイを取り出して締めはじめる。同時にアイスコーヒーを飲んでいた森田くんも、カバンからネクタイを取り出している。
「おい!」
森田くんがカバンから取り出しているネクタイの模様がペイズリーだと気付き、咄嗟に声が出てしまいました。僕が締めはじめているネクタイ柄もペイズリーだからです。
僕のネクタイは30年くらい前に亡くなった親父から貰った古いものです。最近、note友達の”とのむら”さんから、女子の間で流行りはじめている柄だと教わり、本日締めて行こうと決めていたのです。色合いこそ違いますが、間違いなく森田くんと被ってしまいました。僕はグレー基調のペイズリー、森田くんが黄色基調のペイズリー。
「何てこった、森田くん俺に寄せたの?」
「んな訳ないっすよ、先輩もこれ締めるなら先に言って下さいよぉ」
「わざわざ今日のネクタイどんな柄?なんて聞く訳ないだろ」
と、偶然被ったネクタイの柄、お互い少し気まずく苦笑しました。
「まぁ、それだけ気が合うってことではないですか、先輩!」
そんなコメントを発する後輩が、とても可愛らしく思えてしまいた。
アポイント時間より少し早めに到着したので、秘書の方に到着した旨をお伝えしたところ、既に教授はお待ちだと言うことで、そのまま教授室に通されました。
広さは10畳くらいだろうか、スッキリした清潔感のある教授室には、木目調で重厚感のある本棚が壁を覆うように並んでおり、その中には専門分野であろう医学書などが、大学教授の存在感を圧倒的に演出している。
ふと窓辺に目を向けると、パソコンのデュアルモニターを難しい顔で眺めている教授が座している。教授は僕らの入室に気づくと、たちまち表情を一変させ満面の笑顔になった。直接お会いするのは1年半ぶりくらいだろうか。
「やあ、実際に会うのは久しぶりだけど、毎回リモートで会ってるので、何だか良くわからないね。」と、気さくに話しかけてくれる。
僕たちは簡単な挨拶を済ませると、目の前にある来客用のソファーに促され腰を下ろしました。すると森田くんが僕の上着を後ろから引っ張っている。
「教授のネクタイ...」はっきりそう聞こえた。
僕らの前に腰を下ろした教授もネクタイをしている。青地のペイズリーだ。
教授室に男性が3人、しかも全員ペイズリー柄のネクタイを締めている。
「先生、何か気づきませんか?」
「ん?何かね?」教授は何のことだか全く気づく気配がない。
「ネクタイです...」
「ネクタイがどうかしたのかね」
「ここにいる我々全員ペイズリー柄のネクタイなんです。たまたま偶然なのですが...気が合いますね」
教授はたまたま奥様に選んでもらったネクタイをしてきたこと、僕はnoteの友人からペイズリーが今年はやりそうだと教わったこと、森田くんは先週買ったネクタイが、たまたまペイズリー柄だったことなど、全く関係ない会話で盛り上がりました。
面会前に綿密に打ち合わせした事柄を、殆ど遂行できなかった貴重な面会。
教授のスケジュールがタイトで、用意していた案件の10%程度しか進めることができませんでした。
何をするために、わざわざ来たのだろう。
でも3人は心地良い気分になっていたはずです。
結局のところ、ペイズリーが今年流行するのか良く分かりませんが、3人の中年がこぞってペイズリー柄のネクタイを締めていたことは事実です。
最後まで読み進めて頂きありがとうございました。
早く画期ある日々が戻って欲しいですね。🌱
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