黛 冬優子という人は(シャニマス SS)

※モブ一人称視点注意


黛 冬優子という人は、きっと私と同じくらい口が悪くて、私と同じくらい自分自身を嫌っているんだろう。

私の家の近所には、283プロというアイドルの事務所がある。毎日何人もの、綺麗で、可愛くて、個性豊かな、私とは正反対の女の子が事務所を出入りしている。窓ガラスにテープか何かで作られた『283』の文字を見るたびに思うのは、派手さはないが、嫌味もなくて、283プロという場所は大層あたたかな場所なんだろうなということ。私みたいな女には一生縁の無い場所だ。地味で、ノリが悪くて、とりあえず愛想だけ良くしているような、どこにでもいるけどどこででも馴染めない、そのくせ孤立するのが怖くて他人の顔色をうかがっていて、常に自分がどう見られているか気にしている、そういうつまらない女。履歴書に書けるような趣味も、「休日は何してるんですか?」と尋ねられて咄嗟に出てくる言葉もない。学校とバイトの合間にスマホでできる乙女ゲームをポチポチ読み進めるくらいの趣味はあるけど、馬鹿にされたり否定されたりするのが怖くて、誰にも趣味について話したことはない。グッズを集めるほどお気に入りのキャラは何人かいるけど、ステータスを上げて、用意された選択肢からそれっぽい答えを選べばプレイヤーに好感を持ってくれるデータに対し、虚無感を覚えることもあった。283プロにいる子はこういう気持ちになることなんて無いんだろうなと思うと、彼女たちと自分を比べて落ち込む日もあった。

事務所に出入りしている所属アイドル達は華やかで目を引くアイドルばかりだけど、目を奪われるという経験をしたのはたった一人だけ、黛冬優子という人だけだった。彼女に目を奪われたのは、事務所の近所での出来事ではない。ちょっと離れた駅のゲームセンター内にある、ガチャガチャの台の前だった。パッと見かわいい雰囲気の女性が、小さなお子様向けの台の前にいた。どこかで見たことあるような、と思ったら、黛冬優子だった。え!駆け出しとはいえテレビの音楽番組に出るようなアイドルが、こんなとこで、魔女っ娘アニメのガチャ回してるの!?

私がその場所を訪れたのは、好きな乙女ゲームのキャラクターグッズがクレーンゲームの景品になったからだった。そのゲームセンターは大人のオタクしか来ないような場所で、私は心の中で”穴場”と呼んでいた。お子様がいないから、いわゆる大きなお友達が人目を気にせずちいさな子供向けのゲームを遊べるし、それをSNSで拡散するような人も来ないからしょうもないイナゴに食い荒らされることもない、隠れオタクのオアシスだ。平日の昼間なんかはほとんど人がいないので、私のように下手なプレイの様子を他人に見られたくない自意識高彦(じいしきたかひこ。自意識が高い人のことを指す)でも落ち着いて筐体に向き合うことができる。もちろん、遊ぶ時は通学用のリュックを体の前に抱えて、荷物の盗難対策はばっちりの状態で。さらに万全の状態で挑みたいので、クレーンゲームに使う上限の金額を決めて、その分だけ先に両替をして小銭を準備しておく。その日は、両替機に向かって歩いている途中に、彼女を見かけたのだった。遠目から見ても真剣な瞳で、ガチャガチャの台の魔女っ娘アニメのグッズのラインナップを見つめていた。

黛冬優子はマスクで顔を隠していたが、私は事務所に出入りする彼女の私服の姿を見たことがあったため、なんとなく雰囲気でわかった。それにこの時点ではまだ本人という確信があったわけではない。それでも、そこらへんのオタサーの姫みたいな奴とは明らかに美少女としての格が違うなと思った。大丈夫かな、こんなとこに一人でナンパとかされないかな、とか勝手に心配して周りを見たら、店内の見える範囲には彼女以外に人はいなかった。いや、なんでだよ、店員は居ろよ。クレーンゲームで苦戦したら景品の位置変えてもらわないといけないんだから。心の中で悪態をついて、視線を彼女に戻した。ガチャを回した直後だったらしく、出てきたカプセルの中身を見て明らかに顔がほころんでいた。目当てのグッズが出たか、ガチャによくあるシークレットが出たのだろうか。なんにせよ良かったね、おめでとう。あれ、またお金入れた。まだ回すんかい。よく見れば、先ほど手にしていたもの以外にもいくつかカプセルを抱えている。もしかしてコンプ狙いなのか、コンプは修羅の道だぞ、黛冬優子……がこっちを向いた!やばい、視線に気づかれたかな、見てたのバレた?キモイって思われてたらどうしよう。咄嗟に視線を逸らして、本来の目的だった両替をする。お札が崩れるじゃらじゃらとうるさい音が、彼女の視線を遮る。三千円分の百円玉は、ひやりと冷たく、ずしりと重かった。そのあとのことは、あまり覚えていない。すっと上の空だったようで、気付いたら自室だった。タイムスリップでもしたみたいだと思ったが、クレーンゲームのお目当てのプライズはリュックの中に入っていたし、両替した小銭もきっちり減っていた。

”穴場”にいたってことは、黛冬優子は私と同族なのだろうか。そう思うと、遠い存在だと思っていたアイドルに急に親近感が湧いた。それもそうか、アイドルになってちやほやされたいと思う人なんて、きっと自意識と承認欲求が山のように高いに違いない。パフォーマンスを極めたいとか笑顔を届けたいとか思ってるような志の高い人や、オーラやカリスマ性みたいなのが人並外れていて偶像として崇められるのが天職という人もいるかもしれないけど、黛冬優子はなんとなく、ちやほやされたいタイプの人なんじゃないかなと思った。というか、そうであってほしいと思った。彼女がアイドル活動で見せる以外の姿をもっと知りたい。私もあのアニメが好きだったら話しかけられたのかな、いやアイドルとわかって声かけるんだから偶然を装うのはダメでしょ、でも今日ゲーセンに行ったのは本当に偶然だったんだから、そもそも別にファンじゃないのに何でこんなに気になってるの?それだけ自分の中で印象に残った出来事ということか。たった数分だが目に焼き付いて離れなくなってしまった出来事を、改めて頭の中で振り返ってみる。

「黛冬優子の顔、ちゃんと見たのはじめてかも」

声に出してしまった。テレビ越しや写真でなら見たことがあるが、本人を見るのは決まって遠目からであったし、今日のようにこちらを見られることなどなかった。握手会とかに行けば、また見られるのだろうか。でもなあ、”アイドルの黛冬優子”じゃ、なんか違うかもなあ。たぶんあの、私が目を奪われた、まっすぐできらきらした目は、素の彼女が本当に好きなものを見るときの目だと思うから。







一生懸命書きました。ここまで読んでくださってありがとうございます。これから黛冬優子のファンになる、事務所の近くに住んでいるモブ女の話です。成人してる大学生のイメージ。
頭の中には続きがあるのですが、思ったより長くなったのできりのいいところで。気力があれば続くかも。


続きました。続きはこちら

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