黛 冬優子という人は #2(シャニマス SS)

※モブ一人称視点注意。時系列不明。独自設定あり注意。

前回の話はこちら



買ってしまった、黛冬優子のCD。正しくはユニットのCDだけど。

"穴場"で彼女を見かけてから、しばらくの間あの光景が頭に浮かんでは消え浮かんでは消えて何も手に付かなかった。そうしているうちに彼女が所属するストレイライトのCDが出ると知って、そして今日はちょうどバイトの給料日だったから、なんとなく、そう、なんとなく買ってみようと思っただけ。女の子アイドルのCDなんて買ったの初めてだ。会計の後、彼女達が全面に映ったジャケットを手に持っている自分が急に恥ずかしくなって、慌ててリュックのファスナーを開けた。こんなことなら、袋をもらえばよかった。適当にリュックに突っ込んでCDのケースに傷がついたら、黛冬優子に傷がついたみたいでなんか嫌だな、なんて自分でも妙なことを考えてしまう。新品のCDでフィルムがかかっている為、そんなことは滅多にないと思うけれど。それでも、CDのジャケットでこっちを見る彼女に、なんとなく自分のリュックの中を見られたくなくて、ハンドタオルでくるんで入れた。未使用のやつでよかったと思った。

思えば、283プロの近所に住んでいるけど、283プロのアイドルの曲って真面目に聴いたことがなかった。付けっぱなしのテレビでやっている音楽番組を流し見するくらい。あとはそうだな、交差点とかにあるモニターとか……と思ったところ、街頭のモニターにちょうどストレイライトが映って驚いた。CDの宣伝のようだ。それも、ちょうどさっき私が買ったCDの。モニター越しに黛冬優子が私を見ているような気がして、なんだか居た堪れなくなって速足でその場を離れた。

なんでCDなんか買っちゃったかなあ、ファンでもなんでも無いのに。そうだ、私の趣味は乙女ゲームのはずだ。たしか、最近クレーンゲームに新しいプライズが出たらしいということを思い出した。予定外のCDなんか買っちゃったからいつもより軍資金が少ないけど、多分大丈夫。そういえば、彼女が回してたガチャガチャの魔女っ子アニメのグッズもクレーンゲームの景品になっていたはずだ。私はあれ以来なんとなく行ってなかった"穴場"に、久々に行くことにした。平日だし、もしかしたら黛冬優子がいるかもなんて、少しだけ期待しながら。


***


結論から言うと、いた。案の定、魔女っ子アニメのグッズが景品のクレーンゲームの台の前にいた。いくら投入したか知らないが、既に何回かプレイしていたようだった。クレーンが景品を持ち上げていく。お、いいぞいいぞ。でも悪くないけど、ああいう景品だったら引っ掛けるとこはそこじゃなくて……あ、残念、変なところに落っこちた。その時だった。

「あーもう、なんなのよ!アーム弱すぎるんじゃないの!?」

衝撃だった。え、いまの、黛冬優子が言ったの?本当に?テレビで、道端で、綺麗な甘ったるい声で話す黛冬優子が?嘘でしょ?もしかして、素の顔が出たのかな。誰かに聞かれたらどうするんだ黛冬優子!ていうか、私がいることに気付いてない?ええい、店員はおらんのか。いくら使ったか知らないけど、こんなに困っているんだから、景品の位置をちょっと変えるくらいさあ。ていうか、誰でもいいから黛冬優子の近くに人がいないと、どんどん彼女の口が悪くなる!

「あ、あの!……すみません」

気付いたら声をかけていた。ムキになって普段のイメージと異なる口調で筐体に向かう彼女を見ていられなかったからか、それとも、その姿を誰にも見せたくなかったからか。とにかく、人がいることを伝えようと思ったのかもしれない。自分の気持ちとか行動って、こんなにコントロール不能になるものなのか。黛冬優子は驚いた顔でこちらを見たが、すぐににっこりと笑って、聞き覚えのある甘ったるい声で言った。

「ええっと、ふゆに何かご用ですか?」

この後の発言は慎重を要する。とにかく素の顔を見てしまったことを悟られてはいけない、直感でそう思った。ついでに、キモいと思われたくない……!

「いや、あの、なんか、苦戦してそうだったので」

私って馬鹿?こんなのクレーンゲームのプレイの様子を盗み見てましたって言っているようなものだ。初手いきなりミスった。慎重を要した結果がこれって。あー、くそ、乙女ゲームみたいに、会話の選択肢出ないかな。出ないか。知ってた。

「えっと、店員でもない人にいきなりこんな声かけられて、驚かせちゃったかもしれないんですけど、ナンパとか勧誘とかじゃないんで、その、安心してください……!」

うわ、私、必死じゃん。若干早口になっちゃってるし、キモいな自分。自己嫌悪。美少女と面と向かって話すと緊張する。ていうか、私いま、黛冬優子と話してるんだ。なんか、凄い。すごく言いたい、リュックの中にあなたのCD入ってますって。未開封だけど。頭の中でぐるぐる言葉が浮かんでは消えてパニックになっていると、黛冬優子のくすくす笑う声が聞こえた。

「大丈夫ですよ、お姉さん。ふゆ、そんなこと思ってません」

よかった。露骨に嫌な顔されたら傷つくところだった。黛冬優子、神対応。好きになりそう。

「あ、それはその、よかったです。それで、その、えっと、ご迷惑でなかったら、お手伝いとか、応援とか、させてもらえないかなって。店員さん、近くにいないみたいだし」

「わあ、いいんですか?でも……ふゆ、とっても嬉しいんですけど、お姉さんに悪いんじゃ……」

「いえ!あの、大丈夫なんで!本当!私、ちょっと得意、なので。その、クレーンゲーム……的な、やつ」

大丈夫って何が?クレーンゲーム的なやつって何?もうやだ、なんか、ぐるぐるする。

「……それじゃあ、ふゆのこと応援よろしくお願いします♡」

知ってる。アイドルがファンに言うやつでしよ、それ。実際面と向かって言われると嬉しいもんなんだな。でも私まだファンってわけじゃないから、本当の彼女のファンに悪いな、と思った。私がぐるぐる考えているうちに、黛冬優子がお金を入れ、クレーンゲームのレバーに手をかけた。500円入れたみたいだから、チャンスは6回だ。

「その景品だったら、あと何回で……」

「そうなんですね。なら、まずは……」

「狙いどころは、ここらへんで……」

「はい!じゃあ、この辺りに……」

アームが降りて、景品を援う。結果に二人で一喜一憂しながらも、景品はだんだん取り出し口に近付いていく。次でラスト1回、そこだ、よし、がんばれ、いいぞ、黛冬優子。そのまま、そのまま……。

「あー惜しい……!」

熱意虚しく、景品は取り出し口まで落ちてこず、付近に引っかかってしまった。

「次で絶対取れます!」

言いながらお金を入れていた。黛冬優子が驚いた顔で言った。

「それ、お姉さんのお金じゃ……」

「あ、そっか。突然こんな、ごめんなさい。でももう入れちゃったし、やってください!」

「でも……」

「……じゃあ、観戦料ってことにしていただけませんか?応援するの楽しかったし、安すぎるくらいです」

「……わかりました。そういうことなら」

遠慮しつつ、しぶしぶ、という感じではあったが、笑顔で応えてくれた。

「ふゆ、頑張っちゃいますね。お姉さん、アドバイスお願いします!」


***


その後、無事に景品を取得できた。応援に熱が入りすぎて、「よっしゃー!」とか言っちゃったけど、もしかしたら黛冬優子も似たようなリアクションをしていたかもしれないと思うと、見逃してしまったのがもったいない気がしてきた。だって絶対に可愛かったと確信を持っているから。あんなにきらきらした目で好きなものを見つめる彼女が、好きなものを苦労の末に手に入れた時の表情なんて素敵に決まってる。”アイドルの黛冬優子”として取り繕った顔も可愛いと思うけど、好きな作品を熱く語る彼女のほうが、きっと何倍も可愛くて、素敵だと思う。そんなことを考えていると、好きな作品のグッズが手に入って嬉しそうな女の子と”アイドルの黛冬優子”が混ざったような声で、彼女が話しかけてきた。

「お姉さん、ありがとうございました!これ、ふゆのお友達が好きなアニメのグッズなんです」

嘘だ。本当は彼女自身が好きな作品のはずだ、と思うのは私の願望だ。でも彼女が作品のファンだったとして、この場でこう言うってことは、隠しておきたいことなんだ、きっと。なら、私が言うことは。

「あの、黛冬優子さん、ですよね?……アイドルの」

「わあ、ふゆのこと知ってくれているんですか?ありがとうございます!ふゆって呼んでくれると嬉しいです♡」

ああ、甘ったるい声。”アイドルの黛冬優子”の声だ。私のことをファンの1人だと思っているんだろう。違うのに、私はファンじゃないのに。胸やけをおこしそうな甘ったるさにくらくらしそうになりながら、意を決して口を開いた。

「あの!……私、誰にも言いませんから、今日のこと。だから……」

だから。その後の言葉が出てこなかった。いやな感じの沈黙。気を遣ってくれたのか、黛冬優子が微笑んで言った。

「ふゆのプライベートのことだから、内緒にしておいてくれるってことですよね。優しいんですね、嬉しいなあ」

その通りだ。でも、それだけじゃない。でも、それだけじゃない気持ちは、飲み込んだ。

「……はい。誰にも言わないし、ネットに書いたりとかもしません、絶対。約束します」

「約束……」

そう呟くと、黛冬優子がすっと小指を立てて、その手を私に近づけてきた。

「ほら、お姉さんも、小指」

「え……」

「指切りげんまん、しませんか?」

言われるがまま小指を立てると、彼女の細くて白い指が絡まった。固まったまま微動だにしない私にも構わず、黛冬優子は綺麗な声で歌い出す。

ゆーびきーりげーんまーんうーそつーいたーら……。

「嘘ついたら針千本……お姉さんに飲んでもらうなんて、痛そうだからいやだなあ……」

「あ、の、言いふらしたりしないから!本当に、絶対に!だから……」

だから。

「だから、針、飲むことになったり、しないから……!」

真っ直ぐ前を向いて、黛冬優子の顔を見て言えた。黛冬優子は一瞬優しい目をして、笑った。

「ふふ、冗談だったのに。お姉さん、真剣な顔で言うんだもん。……でも、ふゆ、嬉しいです。これからもふゆのこと、応援してくれますか?」

「もちろんそれも、約束します。応援します!……ふゆ、ちゃん」

「わあ、嬉しいです!約束ですよ!……それじゃあ、ちょっと名残惜しいですけど」

ゆびきった、の掛け声で、小指が離れた。


***


帰宅してから今までずっと今日のことを考えている。黛冬優子は多分、"穴場"の常連だと思う。人がほとんどいない時間帯を知っている。今までエンカウントしなかったのが不思議なくらいだけど、アイドルになる前の彼女を見かけていてもなんとも思わなかっただけだと今となっては思う。

最初の「だから」の後、私は何を言いかけたんだろうと、未開封のCDを眺めながら考えていた。もしかして私は、「またここで会えませんか?」「友達になれませんか?」とでも言いたかったのだろうか。おこがましいにもほどがある。身の程をわきまえて欲しい。彼女がアイドルになってなかったら、今日だって声かけたりしなかったくせに。だからこそ言いよどんだし、飲み込んで正解だった言葉だと思う。

黛冬優子という人が私と同じようなオタクかどうか分からないけど、アニメファンの自分を隠しているんだとは思う。”穴場”が、アイドルとしてじゃない、素の自分でいられる場所だとしたら、奪われて欲しくないなと思った。常連ならなおさらだ。だから誰にも言わない。もともと誰にも言わないつもりだったけど、彼女と約束したから、改めて固く心に誓った。

ごろんと横になって、彼女とつないだ小指を見つめて思う。ふゆちゃん、指、すべすべだったなって。





一生懸命書きました。モブの心の声が前回より一層うるさいですが、素人が趣味で書いた二次創作なので、みんなゆるして……。
書きながら冬優子ちゃんファンサービス過剰だなって思ったんですけど、昼間からゲーセンにいるようなぼっちのオタクで年も近い同性ってことで気を許したからファンサ多めにしたんだと思います。そういうことにしておいてください。よろしくお願いします。

***

同日 追記
切りのいいとこまで書き終えたから慌てて公開してしまったのですけど、後書きで一番書きたかったことを書くの忘れてた!
前回の話にスキをくださった方、コメントをくださった方、オススメをしてくださった方、サポートしてくださった方、皆さんありがとうございます。励みになったし、筆も早まりました。続きを期待してくださった方のご期待に沿えたか分からないけれど、もしまたお気に召していただけたならとっても嬉しいです。
という、前回の記事への反応に対するお礼でした。あと、今回もここまで読んでくださってありがとうございました!

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